ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
次の日。ユリシスはルシフォールの執務室で、苛々とした様子で足を組んでいる彼の様子を、内心ニヤけながら眺めていた。

これは確実に何かあったな、と。

先日の舞踏会でルシフォールとリリーシュがダンスを踊ったと聞いたユリシスは、何故自分も参加しなかったのかと心底悔やんだ。

その場に居たならきっとルシフォールをからかって…もとい、彼の背中を押してあげられただろうに。

舞踏会とは別に、ルシフォールの兄であるアンクウェル殿下がリリーシュに会ったというのも、ユリシスの耳に届いていた。

ルシフォールは気が気ではないんだろうと、ユリシスは目の前の従兄弟を見つめながら思った。

アンクウェルは自分やルシフォールとは違い、女性が好みそうな儚げな雰囲気を携えている。あれだけの美貌を備えていて、優しくて、加えて数年前に死に別れた婚約者を今も想い続けているという、一途さ。

これだけの要素を盛り込まれて惹かれない女性など居るのだろうかと、ユリシスは常々思っていた。

ユリシスとしては、手のかかる子程可愛いの法則でリリーシュはルシフォールと結ばれてほしいと思う。しかしいかんせん、ルシフォールの態度がこれだ。確実にリリーシュに惹かれている癖に、悪態ばかり吐いている只の子供。アンクウェルとは天と地の差がある。

リリーシュがアンクウェルを好きになってしまう前に何とか、ルシフォールともっと距離を近付ける術はないものかと、この数日ユリシスはずっと考えていたのだった。

「ユリシス」

名前を呼ばれて、彼はどきりとする。

「なんだい、ルシフォール」

「昨日、兄上から言われた」

ぶすっとした顔のまま、彼はぼそぼそと呟いた。

「アンクウェル殿下から?何を?」

「態度に気をつけろ、と」

「態度に?それは誰に対する」

「リリーシュ」

「…あぁ、なるほどね」

その言葉を聞いて、ユリシスは全てを察した。

「流石、あの方は人格者だね」

ルシフォールにジロリと睨まれたので、ユリシスは口を閉ざす。

「それで君は正論を言われて、いつもの如く噛みついたの?」

「兄上は勘違いしていたんだ。俺が、その…あの令嬢に好意を持っている、と」

「えっ、持ってるでしょ?」

「ユリシス」

「持っていないの?好意」

「俺は別に、そういうのでは」

「ここにはさ、僕と君以外に誰も居ないよ。こんな時位本音で話そうじゃないか。君だってそのつもりで、僕を呼んだんでしょう?」

ルシフォールは、内心では兄であるアンクウェルの事を尊敬し、認められたいと思っている筈だ。二十二にもなろう男がこんな馬鹿げた事を、敬愛する兄に話せる訳がない。ユリシスは、自分が彼の一番の相談役になっている事を嬉しく思っていた。

「…まだ、はっきりとはしない」

ぽつりと、ルシフォールが呟く。アイスブルーの瞳は恥ずかしげに揺れ、陶器のように白く滑らかな肌は少しだけ紅く色付いている。

そんなルシフォールを、ユリシスはぽかんと口を開けて見つめた。ルシフォールは馬鹿にされていると、盛大に怒り出す。

「ごめんって、馬鹿にしている訳じゃないよ。ちゃんと聞くからほら、続けて」

ユリシスはどうどう、と宥めながら話を続ける様に促す。ルシフォールはまた、不機嫌そうに眉根を寄せた。
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