ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
第十章「自分を守るだけでは、何も変えられない」
まさか自分が、女性を喜ばせる方法についてこんなにも頭を悩ませる日が来るとは思っても見なかった。
ルシフォールは部屋で一人になると、窓際に立つ事が増えた。ここから見える庭園にリリーシュがいようがいまいが、つい姿を思い浮かべてしまう。
あの、舞踏会の日。バルコニーで見たリリーシュの表情が、未だに頭に焼き付いて離れなかった。いつもほわんとした顔をしながらにこりと笑ってみせる彼女の、寂しげな姿。あれはたった一瞬で、それ以上踏み込ませてはくれなかったけれど。
ルシフォールはその事に傷付いていた。だからこそ余計にムキになり、つい可愛げのない言い方をしてしまうのだ。
「好かれたいなら…か」
アンクウェルの言葉は重い。最愛の人を亡くした兄だからこそ、色々思う所もあるのだろう。
人間、そう簡単には変わらない。だからといって今のままでは、兄や従兄弟の言う通りリリーシュとの関係は上辺だけ。あの夜垣間見た、彼女の本当の表情を見る事は二度とないだろう。
ーーお傍に、いさせていただけませんか
ーー私は今日貴方様と踊ったダンスを、きっと生涯忘れる事はありません
嬉しかった。我儘で子供の自分を受け止めてくれたかのようなあの台詞が。帰り際に離れ難いと感じたのも、生まれて初めてだった。
リリーシュの事を好きになったのか、自分でもまだハッキリとは分からない。それでも今は、努力してみようと思う位には彼女の存在を気にしている。
自分の中に芽生えた恋心に、自分自身が追いついていない。天邪鬼で子供っぽくて捻くれもののルシフォールだが、彼は彼なりに少しずつ変わろうと思い始めているのだった。
次の日、ユリシスのアドバイス通りリリーシュを庭園へ招いた。いつもの王宮の大庭園ではなく、ルシフォールの住まう塔のある敷地内の比較的規模の大きくない方だ。
ユリシスはルシフォールの肩を叩きながら、いたく真面目な顔でこう言った。
ーーまず、男色家であるという誤解を解け
と。
こんな馬鹿げた嘘を吹聴し始めた張本人から言われた事に、ルシフォールは大いに苛ついた。しかし今まで、この嘘のお陰で女性関係の煩わしいあれこれを回避できていた事もまた事実。わなわなと震える拳をなんとかおさめて、ルシフォールは行動を起こす事を決めたのだった。
「こちらも素敵な雰囲気です」
庭園や訓練場に行きたがったり、馬を触りたがったり、リリーシュはどうやら外を好む様だとルシフォールは思う。やれアフタヌーンティーだやれ夜会だなどと、何かと群れては下らない噂話に興じる令嬢ではない事を、ルシフォールは好意的に見ていた。
令嬢らしくないと母親から咎められていたリリーシュの行動は、ルシフォールの目にはそう映らなかったようだ。
「どちらも所詮は雪ばかりだがな」
「濃い枯れ色の木や草花に雪が降り積もる様、私は好きです」
「つくづく変わっているな」
「私もそう思います」
リリーシュはくすくすと笑いながら、突然はっと思い出した様に自身が連れている侍女の方に視線をやった。侍女はリリーシュに、農茶色の毛皮の襟巻きを手渡す。
「ルシフォール様。もし宜しければ、こちらをお使いになってください」
自身が巻いているものとは、別のもの。寒さが苦手であるルシフォールの為に、わざわざ用意したもの。
「…こんなものは、気休めにしかならない」
「気休めでもお役に立てるのなら充分です」
「ふん」
ルシフォールはそわそわと動く指先でリリーシュからそれを受け取ると、リリーシュが嬉しそうにふわりと笑う。
まだ首に巻いてもいないのに、ルシフォールの身体はカッと熱を持ったのだった。
ルシフォールは部屋で一人になると、窓際に立つ事が増えた。ここから見える庭園にリリーシュがいようがいまいが、つい姿を思い浮かべてしまう。
あの、舞踏会の日。バルコニーで見たリリーシュの表情が、未だに頭に焼き付いて離れなかった。いつもほわんとした顔をしながらにこりと笑ってみせる彼女の、寂しげな姿。あれはたった一瞬で、それ以上踏み込ませてはくれなかったけれど。
ルシフォールはその事に傷付いていた。だからこそ余計にムキになり、つい可愛げのない言い方をしてしまうのだ。
「好かれたいなら…か」
アンクウェルの言葉は重い。最愛の人を亡くした兄だからこそ、色々思う所もあるのだろう。
人間、そう簡単には変わらない。だからといって今のままでは、兄や従兄弟の言う通りリリーシュとの関係は上辺だけ。あの夜垣間見た、彼女の本当の表情を見る事は二度とないだろう。
ーーお傍に、いさせていただけませんか
ーー私は今日貴方様と踊ったダンスを、きっと生涯忘れる事はありません
嬉しかった。我儘で子供の自分を受け止めてくれたかのようなあの台詞が。帰り際に離れ難いと感じたのも、生まれて初めてだった。
リリーシュの事を好きになったのか、自分でもまだハッキリとは分からない。それでも今は、努力してみようと思う位には彼女の存在を気にしている。
自分の中に芽生えた恋心に、自分自身が追いついていない。天邪鬼で子供っぽくて捻くれもののルシフォールだが、彼は彼なりに少しずつ変わろうと思い始めているのだった。
次の日、ユリシスのアドバイス通りリリーシュを庭園へ招いた。いつもの王宮の大庭園ではなく、ルシフォールの住まう塔のある敷地内の比較的規模の大きくない方だ。
ユリシスはルシフォールの肩を叩きながら、いたく真面目な顔でこう言った。
ーーまず、男色家であるという誤解を解け
と。
こんな馬鹿げた嘘を吹聴し始めた張本人から言われた事に、ルシフォールは大いに苛ついた。しかし今まで、この嘘のお陰で女性関係の煩わしいあれこれを回避できていた事もまた事実。わなわなと震える拳をなんとかおさめて、ルシフォールは行動を起こす事を決めたのだった。
「こちらも素敵な雰囲気です」
庭園や訓練場に行きたがったり、馬を触りたがったり、リリーシュはどうやら外を好む様だとルシフォールは思う。やれアフタヌーンティーだやれ夜会だなどと、何かと群れては下らない噂話に興じる令嬢ではない事を、ルシフォールは好意的に見ていた。
令嬢らしくないと母親から咎められていたリリーシュの行動は、ルシフォールの目にはそう映らなかったようだ。
「どちらも所詮は雪ばかりだがな」
「濃い枯れ色の木や草花に雪が降り積もる様、私は好きです」
「つくづく変わっているな」
「私もそう思います」
リリーシュはくすくすと笑いながら、突然はっと思い出した様に自身が連れている侍女の方に視線をやった。侍女はリリーシュに、農茶色の毛皮の襟巻きを手渡す。
「ルシフォール様。もし宜しければ、こちらをお使いになってください」
自身が巻いているものとは、別のもの。寒さが苦手であるルシフォールの為に、わざわざ用意したもの。
「…こんなものは、気休めにしかならない」
「気休めでもお役に立てるのなら充分です」
「ふん」
ルシフォールはそわそわと動く指先でリリーシュからそれを受け取ると、リリーシュが嬉しそうにふわりと笑う。
まだ首に巻いてもいないのに、ルシフォールの身体はカッと熱を持ったのだった。