ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ルシフォールには、女性を喜ばせる話術などなかった。何とか嫌味のない会話をと考えあぐねた結果、何故か思いついた話題はあの男の個人的な情報だった。

「まぁ、それはとても意外ですわ」

「ユリシスは今もまだ母親離れが出来ていないからな」

「さぞ素敵なお母様なのでしょうね」

「それは否定しない」

庭園を歩きながら、口からぺらぺらと出てくるのはユリシスの事ばかり。ルシフォールとユリシスは従兄弟であるが、ルシフォールにとって友と呼べる存在も、彼以外にはいなかった。

緊張と照れを隠す為にやたらと饒舌なルシフォールに、リリーシュは笑顔で頷いていたが内心では彼の事をとても不憫だと感じていた。

(ユリシス様の事ばかりだわ、お可哀想に)

ルシフォールのユリシスに対する愛情はやはり、家族以上のそれなのだろう。叶う事のない恋に身を焦がしている彼を、リリーシュは何とかしてやりたいと思ってしまうのだ。

「あの、ルシフォール様」

「何だ」

「ルシフォール様は本当に、ユリシス様と仲が宜しいのですね」

「それはまぁ、従兄弟だからな」

「もしも私と結婚という話になったとしても、ユリシス様とはぜひ仲良くして頂きたいです」

「は?」

「私の事はどうかお気になさらないで」

「一体何の話をしているんだ」

ルシフォールは、リリーシュの発言の意味がさっぱり分からなかった。自分はただ、何を話したら良いのか分からないから適当にユリシスの話をしているだけ。それなのに彼女の表情は何故、こんなにも慈愛に溢れたものなんだと。

リリーシュが自分の事を気にかけている様子であるのは嬉しいが、妙に引っ掛かる。

「…あ」

ルシフォールはここで漸く、ユリシスから言われた言葉を思い出した。

ーーまず男色家であるという誤解を解け

というあの言葉を。

「ルシフォール様?」

「…」

間違いない。この令嬢は、自分がユリシスに想いを寄せているのだと思っている。

その瞬間、ルシフォールの背筋がぞくりと震えた。よりにもよってユリシスに恋心を抱くなど、例え本当に男色家だったとしても絶対にごめんだ。

これまでのルシフォールならば、最悪の勘違いをしているリリーシュをすぐにでも責め立てただろう。しかし今、自分は変わろうとしている最中。妙な事を口走ってしまう前に一度深呼吸をして、心の整理をつけた。

「リリーシュ」

「はい」

「君は俺が男色家だという噂を、知っているのだろう?」

「えっ」

「あれは、全くの出鱈目だ」

「でた、らめ?」

リリーシュはヘーゼルアッシュの瞳をこれでもかと見開き、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
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