ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ルシフォールは気を遣って嘘を吐く様な性分ではないだろう。では、彼の言っている事は本当なのかもしれない。だとして、何故それを自分に打ち明けるのか、リリーシュは疑問だった。

(というよりも、どう見ても好いている様に見えたわ)

リリーシュとユリシスが二人にならない様、最近のルシフォールは常にそこに割って入っていた。それも、物凄く冷たい瞳でリリーシュを睨みながら。はしたないだの狙っているだの言われていたし、今日だって口を開けばユリシスの事ばかり。

(邪推されない様、ユリシス様を庇っているのかしら。それとも本当に嘘なの?)

リリーシュは考えたが、分からなかった。分からないから、考える事を諦めた。

「申し訳ございません、ルシフォール様。私にはどちらが本当の事なのか、判断がつかないのです」

困った顔でリリーシュは言う。人の気持ちというものに疎いルシフォールは、自分が嘘と言っているのに何故それを信じないのかと、彼女に対して苛立った。

「俺が嘘を吐いていると?」

「いえ、そういう事ではなく」

「これだから世間知らずの令嬢は。根も葉もない噂をすぐ鵜呑みにして踊らされる」

(噂というより、ルシフォール様の態度を見てそう思ったのだけれど)

そんな事を言える筈もなく、ルシフォールが怒っていると判断したリリーシュはすぐさま回避に動いた。

「ご気分を害してしまい、本当に申し訳ございませんでした」

「謝ってほしいんじゃない」

「ですが他に言いようがありません」

「俺を男色家扱いするのを今すぐやめろ」

「承知致しました。ルシフォール様がそう仰るのであれば」

ルシフォールは晴れて、男色家という誤解を解く事に成功した。

いや、これではない。こういう事ではないと、ルシフォールは内心頭を抱える。表面上はムスッとした仏頂面なので、リリーシュは段々と面倒になってしまった。

(もう、どちらでも良いわ)

男色家であろうとなかろうと、自分とルシフォールの間に愛がない事には変わりない。何故彼が今こんな事を言い出したのか疑問は残る所だが、真実を明らかにしたいと思う程の熱意をリリーシュは持ち合わせていなかった。

ただ、リリーシュはこう思う。

(叶わぬ恋に生涯を捧げずに済むのならば、それは良いことだわ)

女性を愛する事が出来るのならば、それはいつか叶うかもしれない。相手が貴族であれば、例え正妃にはなれずとも、側妃として結ばれる道だってあるのだから。

「だから、俺が言いたいのは」

「ルシフォール様」

ふんわりと、しかしリリーシュはぴっしりと線を引いた。

「私の様なものに説明して頂く必要などありません。ルシフォール様の手を煩わせてしまい、申し訳ございませんでした」

「い、いや待て」

「一段と冷えて参りましたし、そろそろ戻りましょう」

リリーシュのその言葉に、ルシフォールは何も返せなかった。彼女がくれた手触りの良い襟巻きを、ルシフォールはギュッとキツく握り締めた。
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