ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「ううん。最近の君は実に人間臭くて、僕は好きだなぁ」

執務室であからさまに不機嫌な様子のルシフォールを見て、ユリシスはにんまりと笑う。

「好きなどと軽々しく言うな!」

ドン!と拳で机を叩きながら大声で怒鳴るルシフォールに、ユリシスは目をまん丸にした。

「どうしたんだいルシフォール。こんな軽口いつもの事じゃないか」

尋常ではない程怒っている彼を見ればまぁ、大体の察しはつくが。

「その様子じゃあ、リリーシュの誤解は解けなかったみたいだね」

「煩い、お前の所為だ」

「僕は別に構わないけど、このままで困るのは君だよ」

「…リリーシュが、気を遣う必要はないと言った」

「どういう事だい?」

「万が一自分と結婚する事になっても、お前とは好きに会って構わない。と」

「それは何というか…僕もちょっと嫌だなぁ」

ここ最近自分がリリーシュにちょっかいを掛けた所為もあるのかもしれないと、ユリシスは少しだけ反省した。しかしながらやはり、根本の原因はルシフォールにある。

「彼女は手強いよルシフォール。僕が思うに、言わずとも察してくれなどという芸当は通用しなさそうだ。真正面から挑んでも躱されてしまいそうな相手なのだから、大袈裟な位優しくして丁度良いんじゃないかな。知っているかい?彼女、年頃の令息の間では“難攻不落の鈍感令嬢”なんて囁かれていたらしいよ」

「何だその意味の分からない通り名は」

「わざとそう振舞っている所もあるんだろうけどね。まぁどちらにしても、今のままでは好かれるのは無理だろうけど」

「もう疲れた」

「バカ言うなよ、君は疲れるだけの事をまだ何もしちゃいない」

「…」

ルシフォールは、執務机に項垂れた。相手を任す術には長けていても、喜ばせようとは考えた事がない。

ーー私の様なものに説明して頂く必要はございません

先程リリーシュにぴしゃりとそう言われた事を思い出し、ルシフォールは何故か胸を掻きむしりたい衝動に駆られた。

「…痛い」

「えっ、何か言ったかい?」

「言ってない」

「ルシフォール。とにかく君は、苦手でもなんでも頑張るんだ。ただ素直な気持ちを伝える、それだけで良いんだから」

「簡単に言うな、お前は」

「君にはもう時間がないかもしれないよ」

ユリシスのその言葉に、ルシフォールはどういう意味だと言いたげにピクリと眉を動かした。

「もうすぐ、リリーシュの幼馴染が通っている寄宿学校が冬季休暇に入る。そうすれば彼はきっと、リリーシュに会おうとするだろう。それが友人としての心情なのかそれ以上なのか、僕達には分からない」

「…そんなことは別に」

「リリーシュは特に何も考えていない様に見えるけど、心の何処かではきっと寂しがっている筈だ。その彼に会う事で、ルシフォールにとって良くない方向に彼女の心が動いてしまうかもしれない。そうなる前に、せめてもう少し距離を縮めないと」

説得する様な言い方をするユリシスを、ルシフォールはただぼんやりと見つめた。

すっかり瞼の裏に焼きついた、あの夜のリリーシュの寂しげな表情を思い浮かべながら。
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