ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「リリーシュ様、本日もとてもお美しいです」
「ありがとうございます」
毎夜恒例のルシフォールとの食事会の為、支度を整えてくれたメイドが口々にリリーシュを褒めた。婚約者候補として王宮に呼ばれた令嬢として、初めての事を幾度となくやってのける彼女は、最初にここに来た頃と明らかに周囲から態度を変えられていた。
あからさまではないものの、何となく「今回のご令嬢もすぐに居なくなるのだから」という心情が透けていた。リリーシュは特に気にしていなかったし、今の様にちやほやと持て囃され期待の込もった視線を向けられる方が、どちらかといえば居心地悪かった。
(だけど今なら、コルセットの事を言えるかしら)
今日も今日とてぎちぎちに固められたドレスの下のコルセットに手をやりながら、彼女はそんな事を考えた。
「先程は素敵な庭園に招いてくださり、本当にありがとうございました」
「王宮の造りと比べれば、大した事はない」
「そんな事はございません。どちらにも、それぞれ違った魅力がございました」
「…また」
「はい?」
「どうしてもというなら、また招いてやっても良い」
「ありがとうございます、ルシフォール様」
リリーシュはふわりと笑う。その笑顔を見たルシフォールの心中では、二つの感情がせめぎ合っていた。
笑ってもらえる事が嬉しい、いやそんな上辺の笑顔は要らない。
気難しい拗らせ王子様は、自身の感情のコントロールにすら手間取っていたのだ。
お互い完璧な所作で食事を進めていく。ルシフォールは、リリーシュは少食であると思っていた。先日アンクウェルの元でお茶をした際には、サンドウィッチやスコーンなどそれなりに食べていたようにも思うのだが、この夕食会ではいつもあまり量を食べていない気がする。
「リリーシュは」
「はい、何でしょう」
「食べ物は、何が好きなんだ」
「食べ物、ですか?」
「べ、別に深い意味はないし知りたいとも思っていないからな」
(では何故聞くのかしら)
リリーシュの頭には至極最もな疑問が浮かんだが、無視する訳にもいかない。
「私は、野菜や魚が好きです。あとは、甘い物も」
素直な答えに、ルシフォールは内心安堵する。と同時に、チラリとテーブルに視線を落としてハッとした。その殆どが肉を中心としたメニューだったからだ。
というよりも、最初の頃はこんなにも肉中心ではなかった。ルシフォールの好みが魚や野菜中心の料理だったからだ。
しかし以前リリーシュがフランクベルトとなにやら魚料理について会話していたのを聞き、ルシフォールはそれを斜に構え捉えてしまったのだ。
貴族という生き物は、基本的に肉料理中心の生活。国の第三王子たるものがそうではないと、彼女に思われたくなかったという見栄のようなものもある。
そんな訳で最近ではめっきり肉料理ばかりを並べたていたのだが、どうやらそれは逆効果だったようだとルシフォールは内心肩を落とす。
彼は完全に、リリーシュは肉が苦手だから食が進まないのだと勘違いした。実際はそうではなく、リリーシュはただ好みを聞かれたから答えただけなのだ。
「明日からは、考慮してやる」
「えっ?あ…」
ルシフォールの視線の先を見て、リリーシュは彼が今何を思っているのかを察した。
「申し訳ございません。私はそういう意味で言った訳ではないのです。考慮して頂かなくて結構ですから」
「変な遠慮をするな」
「しておりません」
リリーシュは別に、肉肉しい料理を嫌いだとは言っていないし、実際好きだ。野菜や魚の方が更に好きだと言うだけで。
「お前はすぐに意地を張る」
「張っておりません」
「そんなに嫌か。俺がお前を気遣うのは」
「ルシフォール様」
「もう良い」
苛々とした声色でそう言い放った後、ルシフォールはすぐに後悔する。これではまたいつもの繰り返しではないか、と。
「…いつも」
ルシフォールはグッと拳を握り、いつもより何倍も小さな声で呟いた。
「いつも、食が進んでいないように見えたから」
「…」
リリーシュの心の中に、ふわりと小さな灯りが灯る。そうか、だからこの方はあんな言い方をしたのか。物凄く分かりにくいが、ルシフォールなりの気遣いなのだとリリーシュは理解した。
「違うのです、ルシフォール様」
「何が違う」
「お恥ずかしい話なのですが」
リリーシュの頬が、微かに紅く染まる。
「ドレスのコルセットが苦しくて、食べたくても食べられないのです」
「…」
可愛い。
その瞬間、ルシフォールはとうとうはっきりとそう思ってしまったのだった。
「ありがとうございます」
毎夜恒例のルシフォールとの食事会の為、支度を整えてくれたメイドが口々にリリーシュを褒めた。婚約者候補として王宮に呼ばれた令嬢として、初めての事を幾度となくやってのける彼女は、最初にここに来た頃と明らかに周囲から態度を変えられていた。
あからさまではないものの、何となく「今回のご令嬢もすぐに居なくなるのだから」という心情が透けていた。リリーシュは特に気にしていなかったし、今の様にちやほやと持て囃され期待の込もった視線を向けられる方が、どちらかといえば居心地悪かった。
(だけど今なら、コルセットの事を言えるかしら)
今日も今日とてぎちぎちに固められたドレスの下のコルセットに手をやりながら、彼女はそんな事を考えた。
「先程は素敵な庭園に招いてくださり、本当にありがとうございました」
「王宮の造りと比べれば、大した事はない」
「そんな事はございません。どちらにも、それぞれ違った魅力がございました」
「…また」
「はい?」
「どうしてもというなら、また招いてやっても良い」
「ありがとうございます、ルシフォール様」
リリーシュはふわりと笑う。その笑顔を見たルシフォールの心中では、二つの感情がせめぎ合っていた。
笑ってもらえる事が嬉しい、いやそんな上辺の笑顔は要らない。
気難しい拗らせ王子様は、自身の感情のコントロールにすら手間取っていたのだ。
お互い完璧な所作で食事を進めていく。ルシフォールは、リリーシュは少食であると思っていた。先日アンクウェルの元でお茶をした際には、サンドウィッチやスコーンなどそれなりに食べていたようにも思うのだが、この夕食会ではいつもあまり量を食べていない気がする。
「リリーシュは」
「はい、何でしょう」
「食べ物は、何が好きなんだ」
「食べ物、ですか?」
「べ、別に深い意味はないし知りたいとも思っていないからな」
(では何故聞くのかしら)
リリーシュの頭には至極最もな疑問が浮かんだが、無視する訳にもいかない。
「私は、野菜や魚が好きです。あとは、甘い物も」
素直な答えに、ルシフォールは内心安堵する。と同時に、チラリとテーブルに視線を落としてハッとした。その殆どが肉を中心としたメニューだったからだ。
というよりも、最初の頃はこんなにも肉中心ではなかった。ルシフォールの好みが魚や野菜中心の料理だったからだ。
しかし以前リリーシュがフランクベルトとなにやら魚料理について会話していたのを聞き、ルシフォールはそれを斜に構え捉えてしまったのだ。
貴族という生き物は、基本的に肉料理中心の生活。国の第三王子たるものがそうではないと、彼女に思われたくなかったという見栄のようなものもある。
そんな訳で最近ではめっきり肉料理ばかりを並べたていたのだが、どうやらそれは逆効果だったようだとルシフォールは内心肩を落とす。
彼は完全に、リリーシュは肉が苦手だから食が進まないのだと勘違いした。実際はそうではなく、リリーシュはただ好みを聞かれたから答えただけなのだ。
「明日からは、考慮してやる」
「えっ?あ…」
ルシフォールの視線の先を見て、リリーシュは彼が今何を思っているのかを察した。
「申し訳ございません。私はそういう意味で言った訳ではないのです。考慮して頂かなくて結構ですから」
「変な遠慮をするな」
「しておりません」
リリーシュは別に、肉肉しい料理を嫌いだとは言っていないし、実際好きだ。野菜や魚の方が更に好きだと言うだけで。
「お前はすぐに意地を張る」
「張っておりません」
「そんなに嫌か。俺がお前を気遣うのは」
「ルシフォール様」
「もう良い」
苛々とした声色でそう言い放った後、ルシフォールはすぐに後悔する。これではまたいつもの繰り返しではないか、と。
「…いつも」
ルシフォールはグッと拳を握り、いつもより何倍も小さな声で呟いた。
「いつも、食が進んでいないように見えたから」
「…」
リリーシュの心の中に、ふわりと小さな灯りが灯る。そうか、だからこの方はあんな言い方をしたのか。物凄く分かりにくいが、ルシフォールなりの気遣いなのだとリリーシュは理解した。
「違うのです、ルシフォール様」
「何が違う」
「お恥ずかしい話なのですが」
リリーシュの頬が、微かに紅く染まる。
「ドレスのコルセットが苦しくて、食べたくても食べられないのです」
「…」
可愛い。
その瞬間、ルシフォールはとうとうはっきりとそう思ってしまったのだった。