ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ルシフォールはんん、と咳払いをするとリリーシュが落としてしまったバスケットを拾う。
「もっ、申し訳ございません。それはもう…」
「中身は籠から出ていない」
「ですがルシフォール様に召し上がっていただくには」
「俺はこれが食べたい」
ルシフォールはアイスブルーの瞳を優しげに細めながら、バスケットを見つめる。リリーシュは先程からいつもとは全く違う様子のルシフォールに、ただただ戸惑うばかり。
(普段のルシフォール様なら、こんな事は絶対に言わないわ)
つい、何か裏があるのではと穿った見方をしてしまう。それを察したユリシスが、さりげなく彼女の傍に寄り添った。
「ルシフォールは、急に膨大な量の執務に追われ少しだけ人恋しくなってるだけなんだ。何かよからぬ事を考えている訳ではないから、深く考えずに少しの間息抜きに付き合ってあげてくれないかな?」
「あのでも、私で宜しいのでしょうか」
「ルシフォールは君が良いみたいだ」
ユリシスの微笑みを見て、リリーシュの心は幾らか落ち着きを取り戻す。
ユリシスの言う通りただ人恋しいだけなのか、いやしかし相手はあの女嫌いの冷血漢と謳われているルシフォール。たった数日執務に追われたところで、そんな事を思うだろうか。
(もう良いわ。考えたって分からないもの)
分からない事はそれ以上考えないのがリリーシュの心情。自分如き何か罠に嵌めた所で、ルシフォールに得があるとも思えないと、そう結論付けた。
「ルシフォール様がお気になさらないのであれば、ぜひ召し上がってください。私の不注意で落としてしまって、申し訳ございませんでした」
「謝罪はもうするな」
「はい」
ルシフォールは執務室に扉続きで隣接している応接室に、リリーシュを促す。彼女は多少戸惑いながらも、黙ってルシフォールの後に着いていった。
「そこのソファに腰掛けると良い」
ルシフォールは言いながら、自身もリリーシュの向かい側に腰を下ろす。
「はい、ありがとうございます」
「中身はパンと言ったか」
「はい。私この王宮に来てからというもの、口にするもの全てがとても美味しくて感動しております。中でも、ふかふかの白いパンは特に好きです」
(スイーツの味は、ほんの少しだけ我が家の勝ちだわ)
内心そう思いながら、アンテヴェルディ家にも誇れる所があったと妙に誇らしい気分になった。
「ルシフォール様は、パンはお好きでしょうか」
確か夕食時に口にしていたから食べられない訳ではない筈だと、リリーシュは考える。
「あぁ。俺もパンは好きだ」
ほんの僅か、ルシフォールの口元が緩む。彼の思いもよらなかった表情を見たリリーシュは、ヘーゼルアッシュの瞳をパチクリと瞬かせた。
「一緒に食べよう」
「いえ、私は」
「無理か」
うぐ、とリリーシュは口籠もった。てっきりパンを渡して帰るつもりだったが、こういう言い方をされては断るに断れない。
「宜しいのですか?」
「あぁ」
「では、ご一緒させてください」
「あぁ」
また、だ。また口元が微かに緩んだ。紙に包まれたパンに向けられているアイスブルーの瞳がやけに輝いて見えて、何故かリリーシュは視線を逸らす事が出来なかった。
ルシフォールもリリーシュも、いつのまにかユリシスが居なくなっている事には気が付かないままだった。
「もっ、申し訳ございません。それはもう…」
「中身は籠から出ていない」
「ですがルシフォール様に召し上がっていただくには」
「俺はこれが食べたい」
ルシフォールはアイスブルーの瞳を優しげに細めながら、バスケットを見つめる。リリーシュは先程からいつもとは全く違う様子のルシフォールに、ただただ戸惑うばかり。
(普段のルシフォール様なら、こんな事は絶対に言わないわ)
つい、何か裏があるのではと穿った見方をしてしまう。それを察したユリシスが、さりげなく彼女の傍に寄り添った。
「ルシフォールは、急に膨大な量の執務に追われ少しだけ人恋しくなってるだけなんだ。何かよからぬ事を考えている訳ではないから、深く考えずに少しの間息抜きに付き合ってあげてくれないかな?」
「あのでも、私で宜しいのでしょうか」
「ルシフォールは君が良いみたいだ」
ユリシスの微笑みを見て、リリーシュの心は幾らか落ち着きを取り戻す。
ユリシスの言う通りただ人恋しいだけなのか、いやしかし相手はあの女嫌いの冷血漢と謳われているルシフォール。たった数日執務に追われたところで、そんな事を思うだろうか。
(もう良いわ。考えたって分からないもの)
分からない事はそれ以上考えないのがリリーシュの心情。自分如き何か罠に嵌めた所で、ルシフォールに得があるとも思えないと、そう結論付けた。
「ルシフォール様がお気になさらないのであれば、ぜひ召し上がってください。私の不注意で落としてしまって、申し訳ございませんでした」
「謝罪はもうするな」
「はい」
ルシフォールは執務室に扉続きで隣接している応接室に、リリーシュを促す。彼女は多少戸惑いながらも、黙ってルシフォールの後に着いていった。
「そこのソファに腰掛けると良い」
ルシフォールは言いながら、自身もリリーシュの向かい側に腰を下ろす。
「はい、ありがとうございます」
「中身はパンと言ったか」
「はい。私この王宮に来てからというもの、口にするもの全てがとても美味しくて感動しております。中でも、ふかふかの白いパンは特に好きです」
(スイーツの味は、ほんの少しだけ我が家の勝ちだわ)
内心そう思いながら、アンテヴェルディ家にも誇れる所があったと妙に誇らしい気分になった。
「ルシフォール様は、パンはお好きでしょうか」
確か夕食時に口にしていたから食べられない訳ではない筈だと、リリーシュは考える。
「あぁ。俺もパンは好きだ」
ほんの僅か、ルシフォールの口元が緩む。彼の思いもよらなかった表情を見たリリーシュは、ヘーゼルアッシュの瞳をパチクリと瞬かせた。
「一緒に食べよう」
「いえ、私は」
「無理か」
うぐ、とリリーシュは口籠もった。てっきりパンを渡して帰るつもりだったが、こういう言い方をされては断るに断れない。
「宜しいのですか?」
「あぁ」
「では、ご一緒させてください」
「あぁ」
また、だ。また口元が微かに緩んだ。紙に包まれたパンに向けられているアイスブルーの瞳がやけに輝いて見えて、何故かリリーシュは視線を逸らす事が出来なかった。
ルシフォールもリリーシュも、いつのまにかユリシスが居なくなっている事には気が付かないままだった。