ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
第十一章「大好きなエメラルドの瞳、重ねた思い出」
翌日、執事のフランクベルトを通してルシフォールから夕食の誘いがあった。いつもの様にメイド達がリリーシュの支度の為にぞろぞろとやってくる。その時フランクベルトが一人のメイドに何やら声を掛けていたが、特段気にする事もなくリリーシュは大人しくされるがままに腕を広げた。

「それにしても、お嬢様は一体いつまでこのお部屋にいればいいんでしょうね」

メイドに混ざって支度を手伝っているルルエが、唇を尖らせる。

「さぁ、どうなのかしらね。だけど私はまだに正式な婚約者ではないし、住まわせて頂いているだけで感謝しないといけないわ」

「でも舞踏会にまで招待されたのですよ?殿下の婚約者はお嬢様で決まりですって!それに最近お嬢様ったら益々お美しくなられましたし、殿下も放っては置けない筈ですよ」

「もう。ルルエは昔から、私に甘いのだから」

「そんな事はございません。リリーシュ様は今までのご令嬢方とは扱いが全く違うのですから。あのルシフォール様が殆ど毎日の様に女性と食事を共になさるなんて、今まで一度だってありませんでした。リリーシュ様に心をお許しになられた証拠です」

先程フランクベルトから何かを告げられていたメイドが、ルルエに同調する。雰囲気からして、彼女がこの場のメイド達の長といった所らしい。リリーシュのコルセットの紐をぐいぐいと引きながら、どことなく表情が嬉しそうだった。

「私は殿下が小さな頃からこの王宮に仕えて参りました。今でこそ暴君だの冷血漢だのと恐れられておりますが、あの方の優しい心根はきっと変わってはおられないと、私は思うのです」

彼女はその後、リリーシュにこそっと耳打ちする。

「こう言っても、誰にも信じてはもらえませんが」

「まぁ」

茶目っけたっぷりの言い方に、リリーシュはくすくすと笑った。

「さぁリリーシュ様。お支度が整いました。後はお髪を簡単に整えれば完璧でございます」

「お嬢様、そのドレスもよくお似合いですよ!」

「ありがとう。だけど…」

リリーシュは首を傾げながら、自身の腹辺りに手を当てた。ドレスの支度は終わったと言われたが、明らかにいつもと違うのだ。

(コルセットがあまり苦しくないわ)

不思議そうなリリーシュに、メイドがにっこりと笑う。

「フランクベルト様からの指示でございます。リリーシュ様のドレスを、いつもよりもゆったりと着付けて差し上げるようにと」

「フランクベルトがそう言ったの?」

「えぇ、そうです」

フランクベルトの独断でない事は、そのメイドも理解している様だった。こんな命令を下した張本人が誰か分かっているからこそ、メイドは嬉しげなのだとリリーシュは思う。先程、ルシフォールを慕う様な言い方をしていたから。

(彼女の言う通り、ルシフォール様は本来お優しい方なのかもしれないわ)

リリーシュの言葉に、配慮を示してくれたルシフォール。ずっと苦しさを我慢していたリリーシュは、何だか解き放たれた様な開放的な気分になった。それはきっと、コルセットのおかげだけではない。

食堂に行くまでの足取りは、いつもよりもずっと軽い。

開かれた扉を潜り、彼の姿を目にした瞬間に踊り出す胸をそっと抑えながら、リリーシュは思う。

(私、この時間を案外楽しみにしていたのね)

ここ数日ルシフォールと夕食を共に出来なかった事が、本当は寂しかったのだと。
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