ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「リリーシュ」

食堂の扉を潜ると、いつもの様にルシフォールが先に着席していた。しかし彼はリリーシュの姿を見るや否や、立ち上がって近付いてきたのだ。

「ルシフォール様、お待たせいたしました」

「いや」

「あの、ドレスの事なのですが…お気を遣って頂いて本当にありがとうございます」

「その、どうかとは思ったんだが」

気恥ずかしげに指で鼻先を擦るルシフォールを見て、リリーシュもぽぽっと頬を赤らめた。

「嬉しかったです、ルシフォール様。ただ少しだけ、恥ずかしくて…」

「…可愛いな」

「えっ」

「い、いや。とにかく席に座ろう。久し振りに共にする食事だ、落ち着いて話したい」

「は、はい」

(やっぱり以前と全く違っているわ。何だか落ち着かない)

ルシフォールに続いて席へと座りながら、リリーシュはそわそわとドレスの裾を何度か摩る。

昨日まで辛辣だった態度がある日突然甘く変化する、という経験はエリオットで済ませているリリーシュであるが、それが逆に困った事にも繋がっていた。どうしても、二人を重ねてみてしまうのだ。

それはルシフォールに失礼だと、リリーシュは今日エメラルドのネックレスを身につけていなかった。代わりに、メイドが選んだタンザナイトのブローチを胸元につけている。

運ばれてきたワインにお互い口をつけながら、何か話題を作らなければとリリーシュは頭を巡らせた。

「執務の方は、落ち着いたのですか?」

「あぁ、何とかな」

「この時期はいつもお忙しいのですか?」

「いや、ここまで重なった記憶はない。まぁ、偶然だろう」

「改めて、お疲れ様でございました」

「あぁ」

相変わらず、ルシフォールの口数は少ない。しかし明らかに表情が柔らかく、リリーシュはアイスブルーの瞳と視線が絡む度に、思わずサッと逸らしてしまうのだった。




初めのうちは戸惑っていたリリーシュも、食と会話が進むにつれ緊張も解れいつもの調子を取り戻しつつあった。それに彼女は、とても適応能力の高い女性でもあったからだ。

(あのメイドの言う通り、きっとこれが本来のルシフォール様なんだわ)

何故リリーシュにそれを見せてくれるのかは分からないので、それ以上は考えない事にした。

「このお魚のフライ、とっても美味しいです」

「新鮮なものを調理しているからな」

「ふふっ」

「何故笑う?」

「ごめんなさい、嬉しくて」

リリーシュは自然と緩んでしまう頬に手を当てる。

「ドレスの事もこのメニューの事も、ルシフォール様のお気遣いが嬉しいのです」

ふわりと、しかし恥じらう様なその笑顔を見て、ルシフォールは手にしていたフォークを落としそうになった。

たったこれだけの事でこんなにも喜んでくれるのかと、ルシフォールは内心驚きを隠せない。

そしてそれ以上に、目の前の令嬢が可愛くて堪らないという感情が日に日に増していくのだった。
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