ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
学校にも通っていない、社交界デビューもまだであるリリーシュだったが、良いのか悪いのかラズラリーのお陰でそれなりに有名だった。

いつ誰が呼び始めたのか“難攻不落の鈍感令嬢“という、良く分からない通り名が付いたせいもあるだろう。

加えて、あのウィンシス家と懇意にしているアンテヴェルディ家の息女、ということでたまに何かのパーティに顔を出せばこれ見よがしにヒソヒソと囁かれた。

それは非常に居心地が悪く、一度ラズラリーに訴えたこともある。しかし、目立つことに何の抵抗もない彼女にはリリーシュの気持ちは理解できなかった。

「貴女は国一番の美女と謳われた女の娘なのだから、色々と噂されるのは当然なの。どんと構えていれば、何の問題もないわ。今度チラチラと見られたら、ニッコリ微笑み返しておやりなさい」

そんなラズラリーの励ましは、ある意味では心強い。が、リリーシュは目立つこと自体が嫌だったのだ。

しかし、もうどうしようもないことをいつまでも悩んでいても仕方ない。母の言う通り、リリーシュはコソコソとこちらを盗み見ていた貴族の子らに片っ端からニコッと微笑みかけることにした。

すると今度は新たな問題が発生し、彼女を悩ませることとなった。以前までは特に愛想の良くなかったリリーシュが突然笑顔を振り撒くようになったことで、婚約者探しに本腰を入れ始めたのではないかと言われるようになってしまったのだ。

父親のワトソンは嫁の尻に敷かれっぱなし、母親のラズラリーは派手で浪費家、娘のリリーシュはやたらと庶民臭くて地味、兄のカルスは存在感が薄め。

などなど陰で囁かれているらしいアンテヴェルディ家ではあるが、腐っても公爵家。表立って嫌味を言われることは殆どないし、少しでもお近づきになろうと擦り寄ってくる貴族も多い。

その度にリリーシュはエリオットに相談し、彼からの助言を受けるのだった。あの侯爵家はがめついから懇意にしない方が良いとか、あの家は子爵家だけど顔が広いから付き合っておいて損はないとか。

そういったことに疎い両親よりも、彼の方が何倍も頼りになるとリリーシュはいつも感謝しているのだった。





「アンテヴェルディ公爵令嬢、ご機嫌いかかですか?」

ラズラリーと共に招かれたアフタヌーンティーで、リリーシュは珍しく声を掛けられた。顔を向けると、そこにはご令嬢が二人。

「すみません、突然話しかけてしまって。私、アンナ・モンテベルダと申します。モンテベルダ伯爵家の長女です。こちらは、ロベルナ・グロスター嬢。私と同じ伯爵家の御息女です」

スラスラと流暢に名乗ると、私に向かって綺麗なカテーシーをしてみせる。私も立ち上がり、同じように返した。

「以前のお茶会でもお姿拝見しておりまして、一度お話ししてみたいと思っていたのです」

「アンテヴェルディ公爵令嬢にこちらからお声掛けなんて、失礼かとも思ったのですけれど」

「そんなことはありません。とても嬉しいです」

ふんわりと微笑めば、二人は安堵したように顔を見合わせた。
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