ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ルシフォールは、気を抜いてしまえば叫び出してしまいそうになる自分自身を、必死に押さえつけていた。そんな折、こんこんとドアをノックする音が聞こえたが、彼はそれに返事をしない。このタイミングでやってくるのはどうせーー

「やぁルシフォール。ご機嫌いかがかな?」

「…煩いぞユリシス」

この男しか、居ないからだ。

「やだなぁ。僕まだ挨拶しかしていないよ」

「俺は忙しいんだ。帰れ」

「そんな事言わないでさぁ。君が今日リリーシュに宮殿を案内したと聞いたから、どうだったのか聞こうと思って」

ユリシスは相変わらずへらへらとした笑みを浮かべながら、とさりとカウチソファーに腰を下ろした。

「お前は何でもお見通しだな」

「お褒めに預かり光栄だけど、知らない方がどうかしているよ。もう、宮殿中この話題で持ちきりだからね」

「大袈裟だな」

「大袈裟なもんか。君が女性を何度も自身の塔に招いている事自体青天の霹靂なのに、あろうことか自分で案内までしてしまうんだから。余程リリーシュを気に入っていると思われるのは、至極当然の事だよ」

「気に入っている、ね」

ルシフォールは遠くを見つめるかの如く、視線を窓の外に向ける。その様子を見ていたユリシスは、何処となく違和感を感じた。

相変わらず表情は険しいが、不機嫌とは違う様に思える。まるで、心ここに在らずといったような。

「まさか君、案内と称してリリーシュを何処かの部屋に連れ込んでいかがわしい事をしたんじゃ…」

「なっ、ば、馬鹿な事を言うな!」

怒りの表情を見せるルシフォールを見て、何故かユリシスはホッとしてしまった。こうして怒っている方が、ルシフォールらしい。

「でなければ、一体何があったんだい?いつもの君とは全然違うじゃないか」

「…」

「言っておくけど、この僕に誤魔化しは通用しない。ルシフォールから聞けないなら、彼女に尋ねるだけだし」

そう言うと、ルシフォールは慌てた様に椅子から立ち上がった。下を向いたせいで滑らかなプラチナブロンドの長髪が顔にかかり、その表情を隠してしまった。

「……と、言った」

「え?」

「好きだと、言った。本人に」

「えぇっ!」

これには、流石のユリシスも驚きを隠せなかった。リリーシュに明らかに好意を抱いている事は既に知っていたが、まさかそれを伝えてしまうとは。

「俺だって、まだ言うつもりはなかった。それなのに口が、勝手に…」

「つまり、彼女への想いが溢れ出てしまったんだね」

「は、恥ずかしい言い方をするな!」

「はいはい、ごめんね。それで、リリーシュは何て?」

「驚きに固まっていた様に、見えた」

「…まぁ、そうなるよね」

その時のリリーシュの心情が容易に想像でき、ユリシスは心の中で彼女に同情した。

散々追い出すだの出ていけだの言っていたその口で、突然好きだと愛を告げられたのだから。

「だけどルシフォール、凄い進歩じゃないか。君が女性に告白する日がやってくるなんて」

「…馬鹿にしているだろ」

「するもんか。僕は嬉しいんだよ、本当にね」

にこりと笑うユリシスを見て、ルシフォールは何ともバツの悪そうな顔をした。

「それに君、もしかしたら凄く良いタイミングで気持ちを伝えたかもしれない」

「どういうことだ」

ユリシスの笑顔は、そのままだった。

「エリオット・ウィンシスがここにやってくるよ」

その言葉に、ルシフォールはアイスブルーの瞳を大きく揺らめかせた。
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