ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ーー
朝の支度を済ませ、部屋で朝食を摂る。落ち着いたタイミングでコンコンとドアがノックされた。
「リリーシュ様、しばしお時間宜しいでしょうか」
今日もモーニングコートを着こなしているフランクベルトは、いつも初老とは思えない程動作が機敏だ。彼は恭しくリリーシュに挨拶をすると、言葉を続けた。
「本日、王妃陛下主催のアフタヌーンティーにリリーシュ様も参加して頂きたいとの言伝を賜っております」
「王妃陛下が?」
「はい。王妃陛下直々にぜひにとの事でございます」
「まぁ!凄いですお嬢様!」
ぽかんとする私とは対照的に、ルルエは飛び跳ねんばかりの興奮ぶり。私の肩を揺さぶりながらきゃあきゃあとはしゃいでいる。
「喜んで出席させて頂きますと伝えて」
「畏まりました」
「ところで、今回はドレスは自身で選んでいいのかしら」
「はい、特に指示はございません」
「分かりました。ありがとうフランクベルト」
リリーシュはホッと胸を撫で下ろす。どう考えても、あの濃緑のドレスが偶然だとは思えなかったからだ。
「定刻前にメイド達がお支度に参りますので」
フランクベルトはそう言うと、部屋を出て行った。
「お嬢様お嬢様!これはもうとびきりおめかししていくしかありませんよ!」
「そうねぇ。失礼のない様にしていかなくてはいけないわね」
「きっと本格的な婚約のお話ですよ!」
「まだ決まった訳ではないから、くれぐれも先走ってはだめよルルエ」
「承知致しましたお嬢様」
口ではそう言いながらも、ルルエの表情は緩んでいる。
(どうしてかしら。何だか胸騒ぎがするわ)
リリーシュの頭の中は今ルシフォールでいっぱいで、正直に言えばアフタヌーンティーどころではない。しかしだからといって、王妃陛下のお誘いを断れる筈などない。
あの舞踏会の夜の、オフィーリアの笑み。わざわざエリオットの瞳と似た色のドレスを送ってきた事。
ーーリリーシュさんは、エメラルドはお好き?
そしてあの台詞。
(どうか穏便に事が運びます様に)
リリーシュは灰色に泣いている寒空を見上げ、心の中で神に祈ったのだった。
「あの、お嬢様」
ルルエに名を呼ばれ、リリーシュは振り返る。彼女の表情は、先程とはガラリと変わっていた。
「どうしたの?」
「私少し、浮かれ過ぎたでしょうか」
「そんな事思っていないわ」
「申し訳ございません、お嬢様のお気持ちも考えず」
今にも泣き出してしまいそうなルルエを見て、リリーシュは心にふわりと明かりが灯るような暖かさを感じた。
両手を前で重ね俯いている彼女の手をとると、顔を覗き込む様にして目線を合わせた。
「私がこの場を逃げ出さずにいられたのは、ルルエが付いてきてくれたからよ。貴女が居なかったら私はきっと、挫けていたわ。アンテヴェルディ家の侍女としてたった一人王宮の使用人達に混ざるのはきっと、貴女も辛かったことでしょう。いつも本当に、感謝しているわ」
「お嬢様…」
「今日のお茶会、精いっぱい頑張るわね」
ルルエを安心させたい一心で、リリーシュは本心を隠しにこりと微笑んだ。
朝の支度を済ませ、部屋で朝食を摂る。落ち着いたタイミングでコンコンとドアがノックされた。
「リリーシュ様、しばしお時間宜しいでしょうか」
今日もモーニングコートを着こなしているフランクベルトは、いつも初老とは思えない程動作が機敏だ。彼は恭しくリリーシュに挨拶をすると、言葉を続けた。
「本日、王妃陛下主催のアフタヌーンティーにリリーシュ様も参加して頂きたいとの言伝を賜っております」
「王妃陛下が?」
「はい。王妃陛下直々にぜひにとの事でございます」
「まぁ!凄いですお嬢様!」
ぽかんとする私とは対照的に、ルルエは飛び跳ねんばかりの興奮ぶり。私の肩を揺さぶりながらきゃあきゃあとはしゃいでいる。
「喜んで出席させて頂きますと伝えて」
「畏まりました」
「ところで、今回はドレスは自身で選んでいいのかしら」
「はい、特に指示はございません」
「分かりました。ありがとうフランクベルト」
リリーシュはホッと胸を撫で下ろす。どう考えても、あの濃緑のドレスが偶然だとは思えなかったからだ。
「定刻前にメイド達がお支度に参りますので」
フランクベルトはそう言うと、部屋を出て行った。
「お嬢様お嬢様!これはもうとびきりおめかししていくしかありませんよ!」
「そうねぇ。失礼のない様にしていかなくてはいけないわね」
「きっと本格的な婚約のお話ですよ!」
「まだ決まった訳ではないから、くれぐれも先走ってはだめよルルエ」
「承知致しましたお嬢様」
口ではそう言いながらも、ルルエの表情は緩んでいる。
(どうしてかしら。何だか胸騒ぎがするわ)
リリーシュの頭の中は今ルシフォールでいっぱいで、正直に言えばアフタヌーンティーどころではない。しかしだからといって、王妃陛下のお誘いを断れる筈などない。
あの舞踏会の夜の、オフィーリアの笑み。わざわざエリオットの瞳と似た色のドレスを送ってきた事。
ーーリリーシュさんは、エメラルドはお好き?
そしてあの台詞。
(どうか穏便に事が運びます様に)
リリーシュは灰色に泣いている寒空を見上げ、心の中で神に祈ったのだった。
「あの、お嬢様」
ルルエに名を呼ばれ、リリーシュは振り返る。彼女の表情は、先程とはガラリと変わっていた。
「どうしたの?」
「私少し、浮かれ過ぎたでしょうか」
「そんな事思っていないわ」
「申し訳ございません、お嬢様のお気持ちも考えず」
今にも泣き出してしまいそうなルルエを見て、リリーシュは心にふわりと明かりが灯るような暖かさを感じた。
両手を前で重ね俯いている彼女の手をとると、顔を覗き込む様にして目線を合わせた。
「私がこの場を逃げ出さずにいられたのは、ルルエが付いてきてくれたからよ。貴女が居なかったら私はきっと、挫けていたわ。アンテヴェルディ家の侍女としてたった一人王宮の使用人達に混ざるのはきっと、貴女も辛かったことでしょう。いつも本当に、感謝しているわ」
「お嬢様…」
「今日のお茶会、精いっぱい頑張るわね」
ルルエを安心させたい一心で、リリーシュは本心を隠しにこりと微笑んだ。