ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「紳士淑女の皆様、本日は私のアフタヌーンティーにお越しくださり感謝申し上げますわ。どうぞ堅くならずに、楽しいお喋りの時間を過ごしましょうね」

金装飾がふんだんにあしらわれたドローイング・ルームに、オフィーリア王妃陛下の凛とした声が響く。優美なドレスに身を包んだ彼女は、今日も輝く様なオーラを放っている。

周りを見渡してみても、どの女性もひと目で高位貴族だと分かる見事な所作。リリーシュが今までに参加したアフタヌーンティーの中でも、群を抜いて豪華だった。

「リリーシュさん、こちらにお座りになって?」

リリーシュは自惚れでもなんでもなく、周囲の視線を自分が独占していると思った。さすが淑女の集まり、あからさまな好奇の目ではないが、それでも充分ちらちらとリリーシュを見ているのが分かる。

(とても居心地が悪いわ)

目立つ事が好きではない彼女は、この状況に既に憔悴していた。それでも必死に挨拶回りをしていると、オフィーリアに声を掛けられた。

「王妃陛下。本日はお招きいただき、心より感謝申し上げます」

人生で一番綺麗なカテーシーをしなければと、リリーシュは内心意気込む。そんな彼女の心中を見透かす様に、オフィーリアは余裕たっぷりに微笑んだ。

「さっきも言ったでしょう?そんなに堅くならないで。どうかオフィーリアと呼んでちょうだい?」

「恐縮でございます、オフィーリア様」

「美味しいサンドイッチやお菓子をたくさん用意したの。さぁどうぞ、たくさん召し上がってね」

「ありがとうございます」

そんな事を言われても、オフィーリアの横では緊張して何も喉を通りそうにない。代わりに紅茶を一口飲んだが、ゴクンという自分の喉の音がやけに大きく聞こえた。

「ところでリリーシュさん、ルシフォールとはどうかしら?あの子はとても難しい子だから、さぞ面倒をかけてしまっているでしょう」

オフィーリアは威風堂々たる笑みをたたえながら、ブルーの瞳をリリーシュに向ける。やはり二人は親子、ルシフォールが父親似といっても、纏う雰囲気が何処となく似ている。

(オフィーリア様は、とても美しい方だわ)

リリーシュの母親もかつては美女と謳われていたらしいが、美しさの種類が違うとリリーシュは思った。

オフィーリアにはどこか謎めいた色香がある。気を抜けば、呑まれてしまいそうだ。

「ルシフォール殿下は、とても聡明で真面目なお方でございます」

「正直に言っていいのよ?男色家の上に冷酷で暴力的なんて、最低の相手だわ。私も貴女には同情してしまうくらいに」

「私はあまり、ルシフォール様をその様に評価した事がありません。あの方はとても、純粋な方だと私は思っているのです」

「純粋?随分と面白い表現をするのね。あの子の取り柄なんて、見た目と地位以外にないわ」

「私はそうは思いません」

いけないと思いながらも、リリーシュは腹立たしさを隠しきれなかった。実の息子の事をこんなにもこき下ろすオフィーリアが、不愉快で仕方なかった。

(二人はそういう親子関係なのだから)

自身にそう言い聞かせながら、リリーシュは紅茶に口を付ける。口内に広がる程よい甘さが、彼女の心を幾らか鎮めてくれた。

「リリーシュさんはルシフォールの事を随分と高く評価してくれているのね。親として感謝しなければいけないわ」

「いえ、そんな」

「だけどそろそろ、家族が恋しくなってきた頃ではないかしら」

オフィーリアのブルーの瞳が、スッと細められる。

「そう思って私、今日はある人達をお招きしたの。きっと貴女も喜んでくれるわ」

扇越しににこりと微笑むオフィーリアを見て、リリーシュは何故か背筋がぞくりと震えた。
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