ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
リリーシュの目にまず映ったのは、ウィンシス公爵夫妻だった。気付いた瞬間ドレスの裾なんて気にもしないで今すぐ駆け寄りたい衝動を、彼女は必死に堪えた。それでも、足取りは普段よりずっと軽い。

「ウィンシス公爵夫妻、お久しぶりです!」

「リリーシュ、あぁ会えて嬉しいよ」

「私達ずっと貴女の事を気にしていたのよ」

ウィンシス公爵夫妻であるマリーナが、リリーシュの手をギュッと握る。ジャックは目尻を下げ、優しげにリリーシュの肩を叩いた。

二人とも、まるで愛しい娘に向けるかの様な眼差しで、リリーシュとの再開を喜ぶ。リリーシュもまた、大切な家族も同然である二人に会えた懐かしさに思わず瞳が潤んだ。

「ふふっ、よかったわねリリーシュさん。今日は私の事はお気になさらず、どうぞゆっくりとなさって」

「王妃陛下」

ジャックがオフィーリアに向き直るが、その表情はリリーシュに見せたものとは全く違っていた。

「実の姉なのだから、そんな他人行儀な呼び方はよしなさいジャック。私はいつだって、ウィンシス家の幸せを祈っているのだから」

「…ありがとうございます、姉上」

ジャックは変わらず堅い表情のまま、オフィーリアの機嫌を損ねないよう対面を繕った。やはりこの歳になっても自分は姉が苦手であると、内心冷や汗をかきながら。

「あちらに席を用意してあるの。紅茶とお菓子もすぐに運ばせるから」

「お心遣い感謝致します、王妃様」

「あらいいのよ。可愛い息子の可愛い婚約者の為だもの」

オフィーリアは口元を扇で隠したまま、ゆっくりと優しげに目を細めた。




オフィーリアがすっかり向こうに行ってしまってから、三人は用意された席に座る。そこは四人掛けのテーブル席だった為、椅子が一つ余った。

「ウィンシス公爵夫妻。またお会いできて本当に嬉しいです」

リリーシュは二人を見つめながら、ヘーゼルアッシュの瞳をきらきらと輝かせる。

「僕達も君に会えて嬉しいよ。思ったよりも元気そうでよかった」

「王宮での暮らしはどう?何か辛い目にあったりは」

「マリーナさん、ありがとうございます。ですが私は平気ですので」

幾ら他の貴族達と席が離れているとはいえ、あまり不敬と取られるような発言をさせてしまいたくないと、リリーシュは口早にそう答えた。

「今はどこで生活を?」

「宮殿の客室です」

「やはり、ルシフォール殿下の塔には入れてもらえないのか」

「いえ、何度か招いて頂きました」

そう口にすると、二人は目を見開いてぱちぱちと瞬きをした。

特にジャックの方は、驚きを隠せない。彼は以前からその剣の腕を買われ、頻繁に王子達の剣の稽古をつけていた。ルシフォールが筋金入りの女嫌いである事は、間近で見てきたのだ。

だからこそ、リリーシュが三週間を過ぎても王宮を追い出されていない事が不思議で仕方なかった。気に入られてのことならばいいが、万が一軟禁の様な事でもされていたら大変だと、気が気ではなかったのだ。

「リリーシュ、どうして手紙の返事をくれなかったの?ワトソン卿やラズラリーも、とても心配していたのよ」

マリーナはここへ来てから、ずっと険しい表情のままだ。彼女もまた、リリーシュの事が心配で堪らない。

「手紙の返事?いえ私は、手紙など受け取っておりません」

きょとんとした様子のリリーシュを見て、ウィンシス夫妻は顔を見合わせる。オフィーリアの仕業であると、一瞬で理解した。

そもそもこのお茶会に招待されるまで、二人は王宮への出入りを許されなかった。王子達の師範であり王妃の弟である、ジャックでさえも。自分達もアンテヴェルディ夫妻もエリオットも、リリーシュからの手紙の返事は来なかった。やはり、彼女の元へ届いていなかったのか。

そして今日突然の招待を受け絶対に何かあると二人は身構えたが、リリーシュの様子を見て取り敢えずは安心だと胸を撫で下ろしたのだった。
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