ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
リリーシュの中に、二種類の感情が湧き上がった。誰からも手紙が来なかったのは仕組まれた事であるという恐怖と、自分は忘れられていなかったという安堵感だ。

(エリオットも、寄宿学校から私に手紙を送ってくれていたのね)

そう思うと、途端に顔が見たいと思ってしまう。恐らく、寄宿学校ももう冬季休暇に入った頃だろう。

リリーシュがウィンシス夫妻に彼の事を聞くよりも先に、マリーナが嬉しそうに口を開いた。

「今日はエリオットも来ているの。所用で少し遅れているけれど、時期にここに来るわ」

「エリオットがここに?」

「えぇ。今日招待されたのは、あの子も含め三人だから」

(エリオットに、会える)

そう考えた瞬間、リリーシュの中の何かがぶわっと泡立つような不思議な感覚に襲われる。まさかこんな形で、彼に再会する事ができるなんて。

「リリーシュほら。噂をすれば、というやつだ」

ジャックが視線をやった先に目を向けると、そこには案内人に連れられてこちらにやってくるエリオットの姿があった。

目が合うと、彼はエメラルドの瞳をうるうると輝かせて足早に近付いてくる。

「リリーシュ!」

思わず立ち上がったリリーシュに飛びつかんばかりの勢いで、エリオットが彼女の名前を呼んだ。

「エリオット…」

「あぁリリーシュ、君なんだね本当に」

エリオットは感慨深げに呟いて、それ以降言葉を詰まらせた。ギュッときつく眉根を寄せて、何かを必死で耐えている様な表情に見える。

リリーシュも気を抜けば、彼の胸の中に飛び込んでしまいそうだった。今まで一度だってそんな風に思った事などないというのに。

(やっぱり私、彼を諦めきれていなかったんだわ)

リリーシュは大好きなエメラルドの瞳を見つめながら、震える心でそう思う。ルシフォールの婚約者になる為、もう二度と会えなくても仕方ないと折り合いをつけた筈だったのに。

大切な幼馴染は、今もなお色褪せぬままリリーシュの心の奥に住み着いていたのだ。

「お帰りなさい、エリオット」

「あぁ、ただいまリリーシュ」

エメラルドとヘーゼルアッシュは視線を絡ませまま、まるで手を握っているかの様に心を寄せ合った。

リリーシュはいつまでもこのままでいたい衝動をグッと堪え、にこりと公爵令嬢の笑みを浮かべる。

このままでは、ルシフォールの婚約者候補という自覚がないなどと噂されかねない。エリオットにも迷惑が掛かる事だけは避けたかった。

ーー会いたかった

お互いに、一番言いたい言葉をコクリと飲み込んだ。

「エリオット。どうもリリーシュに手紙が届いていなかったようなの」

エリオットが、四人掛けテーブルの最後の一脚に腰掛ける。落ち着いたタイミングで、マリーナが小声でそう言った。

「そうか、それで返事を貰えなかったんだね」

「ごめんなさい、エリオット」

「君が謝る事じゃないよ」

エリオットは内心、リリーシュが故意に返事を送らなかった訳ではなかった事に安堵しながら、にこりと甘い笑みで首を左右に振った。
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