ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
エリオットの澄んだエメラルドの瞳の中に、自分が映っている。それはほんの少し前までは当たり前であったのに、今はとても特別な事のように感じられた。

(やっぱり、ネックレスなんかよりずっと綺麗だわ)

思わずジッと見つめていると、それに気付いたエリオットが蜂蜜のように甘い笑みを見せた。

「寄宿学校は冬季休暇なのよね?」

「あぁ、昨日から」

「帰って来たばかりなら、まだ落ち着いていないのではないかしら」

「そんなものは関係ないよ。とにかく君の事が心配で、何度寄宿舎を抜け出してしまおうと思った事か」

「まぁ」

「そんな事をすれば君はきっと怒るから、必死に耐えたけどね」

「エリオットったら、帰るなり私達を睨みつけるんですもの。一体何がどうなっているのかって。あの時の顔が今も忘れられないわ」

「母さん、そんな事をリリーシュに言わないでください」

「エリオットは昔から、リリーシュの事になると途端に馬鹿者になってしまうからな」

「ちょっと父さんまで」

「ふふっ」

リリーシュの心はとても高鳴っていた。ウィンシス一家との何気ないやりとりが、本当に幸せだと感じた。公爵令嬢リリーシュ・アンテヴェルディではなく、ただ一人のリリーシュとして思いきり手足を伸ばせている様な心地だった。

これで両親や兄にも会う事が出来たなら、どれだけ幸せだっただろう。しかし、あれもこれもと望んではきっとバチが当たってしまう。

「そういえばエリオットは、どうしてウィンシス夫妻と一緒に来なかったの?」

「それは、ちょっとした所用だよ」

「やっぱり忙しいのね」

「リリーシュ」

エリオットは手にしていたティーカップを音も立てずにソーサーの上に置いた。そして、真摯な瞳でリリーシュを見つめる。

「今すぐには難しいかもしれない。だけど僕は必ず君を」

「エリオット」

ジャックの厳しい声が、咎めるようにエリオットの名を呼ぶ。彼は悔しそうにギュッと唇を結んだ。

「こんな場で滅多な事を口にするものではない。リリーシュの立場を考えて行動するんだ」

「…すみません、父さん」

「貴方の気持ちは分かるけれど、焦った所で事態は何も変えられないわ」

「それは理解しています」

エリオットは俯き堅い声でそう言うと、再びリリーシュに視線を向ける。

「リリーシュ。今日は思いきり楽しめる話をしよう。僕達には、語り尽くせない程の思い出があるんだから」

「えぇ、そうね」

リリーシュは、十六歳らしい可愛らしい笑みでにこりと微笑む。エリオットはそんな彼女を見て、涙が出そうな程に胸が切なく締めつけられた。
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