ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。

第十二章「初恋の君に、永遠に焦がれる」

エリオットは、リリーシュの姿を見た瞬間彼女を抱き締めたい衝動に駆られるのを必死に抑えた。自身の髪色と同じヘーゼルアッシュの潤んだ瞳が、こちらを見つめている。

彼女の事を愛しているという気持ちが溢れ出して、今にも泣いてしまいそうになった。

寄宿学校に届いた父親からの便り。それに目を通した瞬間、エリオットの視界はぐにゃりと歪んだ。

ーーリリーシュが、この国の第三王子の婚約者候補として王宮で生活する事になった

その旨が書かれた手紙を今すぐに破り捨ててしまえば霞のように消えてなくなりはしないかと、そんな馬鹿げた事すら考えた。

自分が学校を卒業し、本格的に家督を継ぐ為に父親の元で働く。それが決まれば、エリオットは正式にリリーシュに婚約を申し込もうと心に決めていた。

それまでは決して、リリーシュに好きだとは言わない。その代わりにエリオットは、自分なりに彼女へ伝えてきたつもりだった。というよりも、傍に居ると自然と甘やかしたくて堪らなくなったのだ。

過去に彼女を泣かせてしまった事を心底後悔し、二度とあんな顔をさせないと誓った。両親の言うように、政略的にではなく心から望んで自分の元へ来てほしい。その一心で、エリオットなりに精いっぱい誠意を見せてきたつもりだった。

リリーシュは、甘い言葉もさらりと流す。昔から彼女は、そういう性格だった。エリオットの人格がころころと変わろうが、リリーシュの態度は変わらない。エリオットをただのエリオットとして見てくれる、愛しい女の子。

それがまさか、こんな事になろうとは。十六になったリリーシュに婚約話が何度か舞い込んでいたのは、何となく耳にしていた。しかし、娘を大切に思うワトソンはその度に断っていたし、何よりリリーシュ自身にその気がなかったのだろう。

幼馴染として自分が彼女の一番近くにいると、驕っていたのかもしれない。

リリーシュは何でも自分に相談してくれると、自惚れていたのかもしれない。

あれよあれよという間に事は進み、アンテヴェルディ公爵家は多額の借金を背負い、醜聞まみれの第三王子の婚約者候補にさせられた。こんな婚約、結ばれる前から不幸になる事は一目瞭然だ。

きっとリリーシュは、然程抵抗もしなかっただろう。誰にも助けを求める事なく、家の為に一人が犠牲となった。

自分がもっと頼り甲斐のある男であればこんな事にはならなかったのかもしれないと、エリオットは自身を責めた。

そして正直に言えば、彼は両親の事すら責めてしまいそうになった。こうなるくらいなら、さっさとウィンシス家との婚約を進めていればよかったのにと。

そしてすぐに、後悔した。焦りと不安からくる、自分本意な思考。リリーシュ自身が望んでいないのならば、相手がエリオットであっても不幸な結婚には変わりないのに。

エリオットは寄宿学校から帰ってきた日の晩、自室で一人決意した。こうして塞ぎ込んでいた所で、事態は何も変わらない。

リリーシュから手紙の返事が来ない事もきっと、彼女の意思とは別の何かが働いている筈だ。

彼女の為に、自分は一体何ができるだろう。両親、寄宿学校で知り合った貴族、知人、その他なんだって借りられる力は借りてやる。

エリオットは、自身がまだまだ半人前の未熟者である事を嫌という程痛感していた。プライドも何もかも捨て、持てる知識を総動員して事態の好転を図る。

ーーリリーシュ。僕は必ず、君を救う

エリオットは星一つない漆黒の夜空を見上げながら、乱暴に腕で目元を拭う。

彼の中では、リリーシュがルシフォールと共に生き幸せになる未来など絶対に有り得なかったのだ。
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