ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
もちろん、リリーシュはエリオットと二人きりになる事など許されない。ウィンシス夫妻と共にテーブルを囲む事で初めて許される、彼とのひと時。

リリーシュにとって、エリオットは大切な家族。そこにやましい感情などなくとも、周囲はそう捉えてはくれないだろう。この場にいる高位貴族達は、あの女嫌いの暴君王子がリリーシュを追い出していない事実を目の当たりにし、もしかすれば自身の娘達にもまだチャンスはあるのではないかと思い始めた。

リリーシュ・アンテヴェルディは確かにそれなりに美人であり性格も従順そうな印象だが、王子の結婚相手としてはいささか地味にも見えた。これまでどんな才色兼備の令嬢でも、ルシフォールのお眼鏡に敵うものはいなかった。それがどういう訳か、リリーシュは未だに婚約者候補として残っているではないか。

ーー彼女に出来るのならば、自分達にも出来るのではないか

高位貴族やその娘達の中には、そう考える者が現れた。正式な婚約者となる前に、どうにか滑り込む事は出来ないか。と。

そんな思惑もあり、このアフターヌーンティーはリリーシュの足を引っ張る絶好のチャンスであると、彼女の動向に目を光らせていたのだった。

ウィンシス夫妻もエリオットも、それは充分に分かっている。だからこそ、感情で動いてしまわないように注意していた。リリーシュ本人は、その辺りはよく理解していないようだが。

「両親や兄は、元気に過ごしているでしょうか」

「あぁ、元気だよ。残念ながらここには来られなかったが、きっと彼らはリリーシュの事を毎日想っているだろう」

「こちらの事は何も心配いらないわ、リリーシュ」

「いつもご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ございません」

「そんな他人行儀な言い方はよしてくれ。僕達は家族も同然なんだから」

ウィンシス夫妻の優しい眼差しに、リリーシュは安堵した。両親が元気であるというのは、きっと嘘だろうと彼女は思う。他人から見れば二人は、妻に頭の上がらず商才もない情けない男と、派手で浪費家でプライドの高い女かもしれない。

しかし彼らは決して、家族を捨て置けるような性格ではないのだ。リリーシュが不幸への道を歩んでいるのは自分達の所為だと、後悔と自責の念に苛まれているに違いないと彼女は思う。

そして実際、リリーシュのその考えは当たっていた。特にラズラリーはすっかりやつれ、息子であるカルスが寄宿学校から帰省しても気分が晴れる事はなかった。愛する妻がそんな状態である事にワトソンは心を痛め、普段我関せずといったカルスも流石に妹を不憫に思っていた。

アンテヴェルディ家は借金と引き換えに娘の幸せを売ったという罪悪感に、今にも押し潰されそうな状態にあるのだった。

「ウィンシス卿、一つお願いがあるのですが」

「何でも聞こう、リリーシュ」

「どうか両親に、リリーシュは幸せであるとお伝えください。未だに王宮への滞在を許されているのは、ルシフォール殿下に気に入られているからだと」

それは、紛れもない事実であった。実際リリーシュは、彼から好きだと愛を伝えられている。しかしリリーシュは未だに、それがどういう意図であるかを図りかねていた。

「気に入られている」という台詞はあくまで両親を安心させる為のものであり、本心からそう言っているわけではない。

しかし、彼女の言動に耳をそば立てていた周囲の貴族達にとっては、それが本当の事実であるかの様に聞こえたのだ。

「リリーシュ」

エリオットが、思わず悲痛な表情を見せる。そんな事ありはしないと、彼は確信しているからだ。

「ただ、それだけでいいのです。後はなるべくアンテヴェルディ家とは、関わらないようにしてください」

「どうしてそんな事を」

「どうか、オフィーリア様のご機嫌を損ねないように。私達の所為でウィンシス家にまで何かあっては、私は堪えられません」

「リリーシュ…」

ウィンシス夫妻は、それ以上何も言えなかった。こちらの立場を考えている彼女の気持ちを、無下にはできなかったのだ。

「エリオットも、そんな顔をしないで。貴方にだって私よりももっと他に大事なことがたくさんあるのだから、そちらに目を向けて」

ーー君以上に大切なものなんてない

エリオットは、喉まででかかったその言葉を必死に飲み込んだ。最愛の女性が苦しんでいるというのに、今の自分には何もできない。

急は良い結果を産まないと分かってはいても、湧き上がる焦燥感は止められなかった。

「本日は、お会いできて本当に嬉しかったです。ですが私はそろそろ、失礼させていただきます」

「リリーシュ」

「待ってリリーシュ」

「では、ご機嫌よう」

リリーシュは最後に、完璧なカテーシーをしてみせた。
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