ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ユリシスの言っていた「エリオットがここに来る」というのは、恐らく今しがた宮殿で開かれているオフィーリア主催のアフタヌーンティーの事だろう。ジャック・ウィンシス卿は母であるオフィーリアの実の弟。ウィンシス夫妻と共にその息子を招待しても、何の不思議もない。

そして、リリーシュもきっと招待されているのだろう。

昔懐かしい顔を前にして彼女はどんな顔を見せるのか。ルシフォールが見た事のない、幼馴染だけに見せる蕩けるような笑顔だろうか。

それを思うだけで、今すぐに剣をへし折りたいという衝動に駆られてしまう。何かに当たらなければ、どうにかなってしまいそうだった。

「悩め悩め、若者よ!」

耳元で大声を出され、ルシフォールはますます顔をしかめる。ユリシスにせよアンクウェルにせよガイにせよ、今の状態の自分をやたらと嬉しそうに見てくるのがむず痒くて堪らなかった。

「まぁ何にせよ、今の状態で剣をとられるのは非常に迷惑ですな。さぁ、殿下は今すぐ帰られよ!」

「は?」

「心の内に抱えた膿をしっかりと出し切った後に、またお相手して差し上げよう」

どん、と背中を押されたルシフォールはよろめく。そんな二人の様子を、見習い騎士達は
剣を振るフリをしながらしっかり聞き耳を立てていた。

ルシフォールにあんな態度を取れるガイも流石だが、あの殿下が剣術で一方的に押し負けている姿にも衝撃を受けた。まるで、心ここにあらずといった様子だった。挙げ句の果てには、ガイに無理矢理追い出されている。

このルシフォールの変化の原因はやはり、あの公爵令嬢なのだろうか。

その場に居る見習い騎士達の誰もが今、リリーシュの姿を思い浮かべたのだった。




扉の隙間から覗くくらいは許されるだろうかと、ルシフォールは思う。そしてすぐに、そんな馬鹿げた事を考えた自分の頬を殴りたくなった。

いや、もう良い。強がるのは止め、自分は彼女に想いを伝えたのだから。今更取り繕った所で、それが何になるというのだ。

ガイに訓練場から追い出されてしまったルシフォールの足は、自然と本宮殿の方へと向かう。

リリーシュとエリオットがただの幼馴染として再会を果たすのであれば、それは別に構わない。

…いややはりそれでも嫌だが。

何故か妙に胸騒ぎがする。ユリシスの言っていた通り二人がとても仲の良い幼馴染であったなら、そこに恋愛感情が芽生えていたとしても不思議ではない。

ルシフォールの歩幅が、無意識に段々と大きくなっていく。

好きだと伝えたからと言って、リリーシュからも同じ答えが返ってくるとは全く考えていなかった。いなかったけれど、これで少しはリリーシュに男として意識して貰えるのではないかという期待が、彼の中にはあった。

実際、リリーシュはルシフォールに告白されてから頭の中はその事でいっぱいだった。

しかし再会を果たした事により、エリオットはきっとリリーシュの心をいとも簡単に攫ってしまうだろうとルシフォールは思う。

自分が数週間かけてした事をエリオットは一瞬でやってのける。ルシフォールの決死の告白はきっと、エリオットのたった一度に微笑みに負ける。

プライドだのなんだのとごちゃごちゃ言い訳を並べていては、自分はエリオットには勝てない。彼がコツコツと年月をかけて積み上げてきたリリーシュとの絆を超えるには、なり振りなど構っていられない。

この考えが杞憂であるならば、それはそれ。後悔する前に、行動に移さなければ。

ルシフォールはもう殆ど走るように、リリーシュの元へと駆け出していた。
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