裏稼業殺し屋の聖職者はうっかり取り憑かれた悪魔から逃げ切りたい!?
 どうしてあんな勝手な主張をパトリシアが承知したのかは分からないが、折れたのは彼女の方だった。
 彼女が手をかざした瞬間、男の出血は止まっていた。流石に切り落とした腕は戻らなかったが、記憶の改竄も施したらしい。
 この世に悪魔が一匹紛れ込んだら、それだけで完全犯罪が成立しそうだ。
 保護した子猫は治療した上で知り合いに押し付けた。
 残る問題は。

「ああ、酷い旦那さまですわ。妻に飢え死にしろと命じるだなんて」

 この拗ねた空腹の悪魔をどうするか、だ。

「……やる」

 グレイはベッドを独占して不貞寝真っ最中のパトリシアに紙袋を放り投げる。

「あら、素敵なお洋服。それに新色限定の化粧品まで。ツンデレ黄金比9対1の旦那さまの貴重なデレシーン。妻へのお詫びのプレゼントは基本残らないモノが良いとされる中で、よく知りもしない相手に身につけるモノを贈るなんてなかなかのチャレンジ精神。悪くないですわ!」

「だからどこ情報だ、それは」

 いらないなら返せと言ったグレイを無視してその場で服を脱ぎ出すパトリシア。
 律儀に背を向けたグレイの気遣いなんてあっさり無視してストンと彼の正面に降り立ったパトリシアは、

「似合います?」

 とその場で一回転して見せる。
 ふわりと揺れるワンピースは先程パトリシアが見ていたモノで、彼女によく似合っていた。

「まぁまぁ。それなら傷も隠せるだろ」

「そうですね。パトリシアは女の子、ですから」

「……お前もだろ」

「私?」

 パチパチと驚いたように目を瞬かせたパトリシアは、

「ふふ、旦那さまは随分と紳士的でいらっしゃる」

 楽しげに笑った。

「決めました。空腹の責任は旦那さまに取って頂く事にいたします」

「は?」

 パトリシアがそう言った途端グレイの視界が狭くなり、息が止まる。
 重なった唇が離れた瞬間、グレイの身体から一気に力が抜けベッドに倒れ込んだ。

「今日はこの程度にしておきます。あまり一度に抜くと夜のお仕事に差し支えるでしょうし」

「……お前、俺に何をした?」

 動かない身体のまま、ギロっと睨んでくるグレイの顔を覗き込んだパトリシアは、

「何、って生命エネルギーを抜きました」

 なかなか美味でしたよと満足気に答える。

「ご安心ください。寿命や魂と呼ばれるモノとは違い、生命エネルギー自体は回復しますので」

 あなたに生きる気力がある限り、と付け足したパトリシアは、

「ふふ。旦那さまを育てて美味しく頂く。それも悪くないですわね」

 グレイを食糧認定した。

「……お前、マジで覚えとけよ」

「旦那さまこそ、覚悟なさって? 私これでも結構美食家なので。味が落ちたら浮気しますよ?」

 まぁ、逆は許しませんけどと言ったパトリシアのつぶやきはグレイには届かず、彼は眉間に皺を寄せたまま眠りに落ちる。

「おやすみなさいませ、矛盾まみれの旦那さま」

 そう言ってグレイの髪をさらさらと撫でるパトリシアの表情は愛しいモノを愛でるかのように慈愛に満ちていた。
< 12 / 54 >

この作品をシェア

pagetop