裏稼業殺し屋の聖職者はうっかり取り憑かれた悪魔から逃げ切りたい!?

8.招待とは、自分のフィールドに相手を引き摺り込む行為である。

 協力者から不審な遺体の情報を得て遺体安置所に乗り込んだグレイは、手袋を嵌めた手でそれを検める。

「……ない、な」

 その遺体にはやはり心臓だけがなかった。
 儀式に使われていた屋敷は燃やした。
 黒魔術ごっこに関わっていただろうリストに載っていた人間は、全て始末した。
 だが、その後も街からヒトは消えている。違うのは、被害者の遺体が見つかるようになったこと。

『パトリシアを殺したのは、私ではございません』

 そう言って空になった胸部を見せたパトリシア。
 あの日彼女に出会わなければ、心臓のない遺体と儀式を結びつけることはなかっただろう。

「……ただの娯楽ではなかった、のか?」

 世界の変革などという妄言の元、世界を変えられる悪魔(人外の力)を呼び出す黒魔術ごっこ。
 この馬鹿げた儀式で世界が変わるなんて本気で信じていた人間がどのくらいいただろう?
 おそらくは非日常的で非合法な見せ物にただ興じていただけ。
 なのに闇集会(見せ物)が止まっても、それはいつまでもなくならない。
 心臓を持ち去る目的はなんなのか?
 悩ましげに眉根を寄せるグレイの思考は、

「むぅ、旦那さまの浮気者」

 腕に絡みつくように抱きついてきたパトリシアの言動で止まる。

「こんなに可愛い妻がいるのに白昼堂々と浮気なさるだなんて、私ジェラシーで何をしでかすか分かりませんわ」

「は?」

 ぷくっと頬を膨らませたパトリシアに、

「旦那さまはスレンダーなレディがお好みなのですか?」

 強制的に頬をつかまれたグレイは空色の瞳を間近で見る事になる。
 自身の目に映る拗ねたようなその表情はまるでヒトのそれだ。

遺体(他の女)ばかり愛でていないで、私に誘惑されてみてはいかがです?」

 吐息の聞こえるほど近くで囁かれたその言葉に、一瞬パトリシアが生者であるような錯覚を覚える。

「さぁ、私とイイことでもしませんか?」

 甘く中毒性を孕んだ声がグレイの脳に気だるく響く。
 近づいて来たパトリシアと唇が重なりそうになった寸前で、

「……冗談は存在だけにしろよ、パトリシア」

 グレイは呆れたような口調とぞんざいな動作でパトリシアを押しのけた。

「お前が用のあるのは俺の生命エネルギーとやらだろうが」

 いくらヒトの真似事をしたところで、パトリシアの鼓動は確認できない。
 当然だ。
 そこにあったはずの心臓は持ち去られ、彼女の身体を動かしているのはヒトの理の外にいる存在なのだから。
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