裏稼業殺し屋の聖職者はうっかり取り憑かれた悪魔から逃げ切りたい!?
「ふふ、相変わらずつれない旦那さま」

 パトリシアは心底楽しげに笑う。

「私これでも結構モテますのに、こうもあっさりソデにされては、女としての自信を失ってしまいますわ」

「……どの口がそれを言うんだ」

 パトリシアに食糧認定されて以降、彼女はヒトを襲わない代わりにグレイ自身をところ構わず襲うようになった。
 しかも、そのほとんどは食事目的ではなくただただグレイを揶揄いたいだけ、というのが透けて見えるあたりに腹が立つ。
 パトリシアの食糧になるなんて冗談じゃない、と全力で逃げ切りたいグレイ。
 が、あまりに放置し過ぎて飢餓状態になったパトリシアに前回のように他の人間を襲いに行かれても困る。
 なので、仕方なく3日に1回は諦めることにしているのだが。

「必要ない時まで絡んでくるな」

「まぁ、失礼な。愛情表現は大事なのですよ?」

 にこにこと楽しげな視線を寄越してくる彼女には何一つ響かず、改める様子はない。

「こんな一方的で暴力的で命懸けな愛情表現なんて、聞いたことねぇわ」

 悪魔が愛を語るなと、舌打ちするグレイ。

「あら、愛が人間だけの専売特許だなんて些か狭量過ぎやしませんか?」

 悪びれないパトリシアは静かに遺体に近づくとどこからか針と糸を取り出して遺体を縫い始める。

「……何をしている」

「何って、修繕ですわ」

 器用に手早く縫い繕ったパトリシアは、

「今の私では、空っぽの身体の修復はできませんので」

 プツッと糸を歯で切って、傷口を愛おしげに撫でた。
 何故パトリシアがこんなことをするのかグレイには理解できない。
 もしかしたらいつものように意味などないのかもしれないが、彼女はまるでそうするのが正しいと信じているかのように遺体を綺麗に直し、手を合わせるのだった。
 まるで人間みたいだ、と口に出さずに思ったグレイに、

「旦那さま。私、夜会とやらに行ってみたいです」

 とパトリシアが微笑む。

「夜会?」

「ええ、コチラです」

 差し出されたのは封蝋されたままの真っ白な封筒。いくら記憶を浚っても押されている紋章に見覚えはない。

「どうやらご招待のようです」

 開封し中を確認したパトリシアはグレイにそれを見せる。
 そこにはシンプルに夜会の日時とドレスコードが書かれていた。
 どうやら仮面舞踏会らしい。
 差出人の名はなく、親愛なると書かれているのに宛名は" "(ブランク)

「お前が追っている相手からのか?」

「さぁ、どうでしょう?」

 行けば分かるのでは? とまるで獲物を見つけた獣のように恍惚と瞳を輝かせたパトリシアは、

「ドレスアップは念入りにしなくては」

 ふふっと心底楽しげに笑いを溢して、封筒に口付けた。
< 14 / 54 >

この作品をシェア

pagetop