裏稼業殺し屋の聖職者はうっかり取り憑かれた悪魔から逃げ切りたい!?

9.協力プレイとは、共通認識がなれば成立しないものである。

 仮面舞踏会(マスカレード)。仮面を付ける事で身分を隠し、一夜を楽しむ大人の嗜み。
 とはいえ、たかだか仮面一枚で素性を完璧に隠せるわけもなく。
 背格好や身につけているもので、有名人や知り合いであればすぐさま相手が誰だか分かってしまうのだが、気づかないふりをするのがマナーである。
 通常は。

「見てくださいませ、旦那さま! あちらにいるのは今をときめく舞台女優のシャーリーと演出家リックですわ」

 ゴシップ精神丸出しのはしゃいだような声でグレイに囁くのは、ドレスアップしたパトリシア。
 ドレスコードに乗っ取って、蝶を模した仮面をつけている彼女は、

「あのお二人がお付き合いだなんて。看板女優とライバル会社の演出家のイケナイ関係。ダブル不倫ですし、業界騒然必至のスクープ(スキャンダル)ですわ!」

「……パトリシア、お前人間界に馴染み過ぎだろ」

 どこで覚えてきた? その単語。
 あと指さすな、声のトーン落とせとグレイはパトリシアを注意する。
 人間に擬態するならゴシップよりも先に一般常識を学んで欲しい。
 そんなグレイを嗜めるように、

「旦那さま、こういう所では名前で呼んではいけないんですよ?」

 常識ですわとパトリシアは人差し指をグレイの唇に当てる。
 仮面の奥の空色の目はからかいの色に染まっていた。
 一々神経を逆撫でしてくるのはわざとだろうか? 多分わざとだなと自問自答したグレイは、何で非常識な悪魔に夜会のルールを説かれなきゃなんないんだと舌打ちする。
 そんなグレイを楽しげに見つめたパトリシアは、

「さて、今夜の催し会場(メインディッシュ)はどこかしら?」

 喰い出があるといいのですけれど、と不穏な言葉をつぶやいた。

 **

 目が覚めたグレイはすぐさま自分の状況を確認し、

「ッチ、指錠かよ」

 いい趣味してんな、と嫌味を存分に混ぜて吐き捨てた。
 手錠や縄での拘束なら関節を外すなど対処も取れたが、指錠の拘束は解きづらい。
 厄介な事になった、とパトリシアの提案に乗った事を後悔する。
 時間が巻き戻せるなら、是非とも過去の自分に教えてやりたい。
 パトリシア(悪魔)を信じるな、と。
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