裏稼業殺し屋の聖職者はうっかり取り憑かれた悪魔から逃げ切りたい!?
「躾のなっていない狗ですねぇ。許可なく淑女(わたくし)身体(モノ)に触れようだなんて」

 パトリシアの手にはいつの間にか大鎌が握られており、そこからは紅い雫が滴り落ちる。
 一瞬、会場が静寂に包まれた後、状況を理解した人々の絶叫が響く。
 コールトンを見て逃げだそうとパニックに陥った人々は蜘蛛の子を散らすように他者を押しのけ出入り口へと走っていく。
 そんな会場中に蔓延る絶望の音を全て無視したパトリシアはコツコツとうずくまるコールトンに近づくと大鎌の刃で彼の顎を持ち上げ、にこっと微笑む。
 だがその空色の瞳は全く笑っておらず、見ているだけで背筋が凍る。

「不誠実な方。そんなにプンプンと他の(悪魔)の匂いを纏わせているくせに、私を欲するだなんて」

 パトリシアが大鎌を横に引けば、ぱらりと衣服だけが破ける。
 顕になった皮膚には紫色の契約印が浮かんでいた。

「あら、まぁ。あなた(・・・)でしたか」

 その契約印を見て、にやぁぁっと楽しげに目を細めたパトリシアは、

「旦那さま、お客様がお見えです」

 迎撃の準備を、と告げパチンと指を鳴らし、グレイを檻から解放した。
 檻から出たグレイはコールトンにまだ息があることを確認し、すぐさま止血を試みる。

「やり過ぎだろうが」

 コールトンにはまだ吐かせなければならない事が多々ある。ここで死なれては困る。

「約束通り、コールトン(コレ)は俺が貰う」

 そう宣言するグレイを不思議そうに見つめたパトリシアは、

「……人間とは難儀な生き物ですわね。皆殺しの方が楽ですのに」

 そんな無価値な存在(ガラクタ)で良ければどうぞと了承する。

「人間には人間のルールってモンがあるんだよ」

「ああ、そう言えばあの子(・・・)もそんな事を言っておりましたわね」

 ぽんっとわざとらしい動作で会得を告げるパトリシア。
 あの子? とグレイが首を傾げたのと、止血が完了したコールトンの身体が内側から爆ぜたのはほぼ同時だった。

「なっ!?」

 コールトンはもはやヒトの形を成しておらず、血溜まりだけを遺して存在が消滅していた。

「あらあら、まぁまぁ、なんてこと」

 それは旦那さまの獲物でしたのに、とパトリシアは視線を上げると、

「望みを叶えずに殺してしまうだなんて、契約違反ではなくて? "嫉妬"」

 何もない暗闇にそう問いかけた。

「ふ、あははははははっ!! 契約違反!? 随分な言いがかりじゃない?」

 パトリシアに応じるようにコツコツコツコツと足音を響かせて姿を現したのは、真っ赤なミディアムヘアの髪に燃えるように紅い瞳をした女の子。

「ソレは、アタシという契約者がありながらアンタにうつつを抜かしたのよ?」

 その身を纏う赤と黒を基調とした露出度の高いドレスは見た事のないデザインで。
 
「契約違反はソイツの方でしょ」

 だから爆ぜたのよ、と傲慢にそして尊大に言い放った彼女の頭部にはヒトにはないツノが生えていた。
< 20 / 54 >

この作品をシェア

pagetop