裏稼業殺し屋の聖職者はうっかり取り憑かれた悪魔から逃げ切りたい!?

14.勝者とは、敗北者に終わりをもたらす存在である。

「……人間風情が偉そうにっ」

 ギリリと奥歯を噛み締め睨みを効かせていた嫉妬(エンヴィ)はニヤリと口角を上げると、

「罪禍の魂ならまだ一つ残っているじゃない!」

 片指を自ら斬り落とし、人の目では追えないほどの速度でグレイに手を伸ばした。
 だが、それがグレイに届くことはなかった。

「……がはっ!?」

「まぁ、手癖の悪い泥棒猫ですこと」

 大鎌を振り下ろしたパトリシアは綺麗に微笑む。

「私の大事な旦那さまに他の悪魔()の手が触れるだなんて、想像しただけで"嫉妬"でどうにかなりそうですわ」

 旦那さまはすでに売約済みなのですよ、と告げる。

「ああ、"嫉妬"はあなたの専売特許でしたっけ」

 クスッと嘲笑うパトリシアに、

「……ノワールの狗がっ」

 吐き捨てるようにそう言った嫉妬(エンヴィ)を大鎌で地面に縫い付けたままぐりぐりとブーツで容赦なく踏みつけたパトリシアは、

「その呼び名は好きではありません」

 知りませんでした? と冷え冷えとした視線を向ける。

「パトリシア、と今は呼ばせておりますの」

 そうパトリシアが口にした途端、彼女を取り巻く空気が一気に重くなる。
 まるで周囲の酸素が薄くでもなったかのように呼吸が苦しく、気を抜けば地面に膝をつきそうだ。

「旦那さま、お約束通りコレは私が頂戴いたしますね」

 そう言うと同時にパトリシアの腕が嫉妬(エンヴィ)の胸部を貫く。

「いや、ちょっ……何? 何して……」

 身体を貫かれても痛みを訴えることなく、血すら出ない嫉妬(エンヴィ)が、怯えたような声を上げる。

「ふふ、面白い事を聞きますね。あなたが知らないワケがないでしょう? 嫉妬(エンヴィ)。その座を先代から奪い取ったあなたが」

 敗者の処遇など昔から決まりきっているではありませんか、とパトリシアはさして面白くなさそうに告げる。

「いや、やめ……やめてっ!!」

 恐怖を存分に馴染ませた嫉妬(エンヴィ)は、

「そうだ! ねぇ、取引!! 取引しましょう?」

 私とアンタが組めばアイツだって引きずり降ろせる! と叫ぶ。

「生憎と取引は信頼できると自分で判断した相手としかしないと決めているのです」

 旦那さま(私のモノ)に手を出した時点であなたは信頼に値しない、とパトリシアが囁くと嫉妬(エンヴィ)はまるで心臓でも握り潰されたような苦痛に絶望の声で啼く。

「ああ、ありました」

 淡々とした口調でそう言ったパトリシアは腕を嫉妬(エンヴィ)の身体から引き抜く。
 その指には真紅の結晶が摘まれていた。

「あなたの"嫉妬"は底が浅くとても軽い。だから、私に敵わない」

 いつもヒトを揶揄う事を主食に生きているようなその悪魔(パトリシア)は、心底つまらなそうな顔をしていた。
 見下ろすパトリシアの顔からその事実を認識した嫉妬(エンヴィ)から血の気が引く。

「ねぇ! ねぇ!! 気にならない!? 七大悪魔新参者で最下位の私がどうやってこの世界に渡って来れたか? アンタの階級証(称号紋)が今何処にあるのか?」

 必死にパトリシアの興味を引こうとするが、

「別に」

 あなたから聞かずとも自分でどうとでもできますので、とカケラも興味を持つ様子はない。

「さて、そろそろ幕引きといたしましましょうか」

「いや……やめてっ!! 返して!!」

 私の存在を、と泣きながら絶望を奏でる嫉妬(エンヴィ)を見下ろし、グレイの知らない言語でパトリシアが何かを詠唱すると、パトリシアと嫉妬(エンヴィ)をぐるりと空色の文字が囲った。

「勝者権限にて"剥奪"」

「いやーーーー」

 パキンと空間に何かが割れる音が響き、二人を囲っていた文字が消える。
 そこに居たはずの嫉妬(エンヴィ)の姿は文字通り跡形もなくなり、パトリシアの手に真紅の結晶だけが残った。
< 25 / 54 >

この作品をシェア

pagetop