裏稼業殺し屋の聖職者はうっかり取り憑かれた悪魔から逃げ切りたい!?
「そんな顔をなさらないでください。人伝に聞く物語が角度を変えれば全く別物だった、なんて良くある話でしょう?」

 旦那さまに裏の顔があるように、とパトリシアは目を細め銃を指さす。

「人間はいつだって嘘と本当を織り交ぜて都合のいい部分しか見せません」

 そして我々だってそれは同じなのですとパトリシアは紙芝居を手に微笑む。

「逆もしかり。人間とて一皮剥けば、その奥にあるものは我々とさして変わらない。"傲慢"で"強欲"。"怠惰"でありながら"嫉妬"深く、あらゆるものに"憤怒"する虚栄心の塊。覚えがあるのではなくて?」

 パトリシアに問われるまでもなく、それは常にヒトの中にある。
 そして、それらが露見しない様に自分を作るのだ。

「……さっき、これは"布教"だと言ったな」

「ええ、布教です」

 誰に、何を? と考えた時、グレイの中に一つの仮説が浮かぶ。

「…………詐欺師」

「正解です。旦那さまと同じですね」

 旦那さまの聖職者っぷりもなかなか見ものですわとどこからかペンライトを取り出し振り回すパトリシア。

「大聖女クロア・ファリシア。稀代の詐欺師の名前ですわ」

 ちなみに神聖力とかありませんでしたよ? とパトリシアは大聖女の正体を語る。

「クロアは頭と口の良く回る子で、口八丁手八丁で悪魔相手に詐欺を繰り返し契約に穴を開けてはただ働きさせる、異界でブラックリスト入りを果たした初めての人間でしたわ」

 ふふっと楽しそうにクロアを語ったパトリシアは、

「そして、私は異界に渡ったクロアの世話係でした」

 彼女が息を引き取るその日までずっと、とどこか遠い目をして、寂しげに告げた。

「ヒトで言うところの親友と呼ぶような間柄でした。まぁ、そんな私をノワールの狗などと呼称する者もおりましたが」

 ノワールの狗。そう嫉妬(エンヴィ)が呼んだ時、パトリシアは冷たくそして怒りを秘めたような顔をしていた。

「ノワールは白から黒に堕ちた者。つまり裏切り者を指します。彼らとて地に落ちて真っ黒だというのに笑わせてくれますわ」

 ふふっと冷ややかな笑みを浮かべるパトリシアの目は怒りに満ちていて。
 圧倒的強者なのだと分かるほど、側にいるだけで皮膚を焼かれるようなひりついた感覚が全身に走った。
 裏切り者を擁護する者。
 そう言って来たモノを喰い千切れるほどの実力者。
 そして、異界大戦について語れるだけの古参。
 グレイの中で、パトリシアの正体が確信に変わる。

「人間はあたかも自分たちだけが被害者のように語りますが、我々だってそれなりに困っていたのですよ。勝手に領域を渡ってくる不躾な存在に」

 そう言って懐かしそうに紙芝居を撫でたパトリシアは、

「だから、クロアの提案に乗ったのです。まぁ、平たくいえば異界大戦なんて八百長ですよ」

 しれっと歴史的出来事の裏事情を暴露した。

「八百長。よく成立したな」

 大聖女との関係を聞き終えたグレイは率直な感想も述べる。

「双方にメリットがあった、というのが一番大きな要因ですが」

 楽しい事でも思い出したかのようにクスクスと笑ったパトリシアは、

「魔王さまはクロアの機転が利くところをたいそうお気に召しておりましたし、クロアはクロアで現世には居場所がなかった」

 パタンっと紙芝居を机に伏せて、

「人間風に言うなら"運命"というやつだったのかもしれません」

 静かに言葉を締め括った。
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