裏稼業殺し屋の聖職者はうっかり取り憑かれた悪魔から逃げ切りたい!?
毎日とても楽しかったですわ、と満足気なパトリシア。
パトリシアの語るそれは確かにユズリハらしいと感じる内容も多く、グレイはいなくなってからのユズリハの様子をはじめて知る。
「……なんっていうか、こう」
全部を飲み込めたわけでも、信じられたわけでもない。
それでも一つだけ確かなのは。
「お前、おちょくられてるぞ。ユズリハに」
パトリシアがこの10年ユズリハを保護し、大事にしてくれていたのだということ。
悪魔が奪い合い求める存在と特権を与える称号をあっさり手放してでもユズリハを取り返そうとするほどに。
「良いではありませんか、楽しければそれで」
どうせ事の真偽など確かめようがなかったのですし、とパトリシアは楽しげに笑う。
「快楽主義者め」
「まぁ、失礼な。そんなに眉間に皺を寄せいつも難しい顔をしているよりも、よほど有意義ではございませんか?」
ああ言えば、こう言う。
だが、こんなやり取りもいつの間にか嫌ではなくなっていた。
「……違いない」
そう吐き出したグレイはそのままベッドに横たわり、パトリシアに背を向ける。
「礼を言う。ユズを守ってくれていてくれて、ありがとう。パトリシア」
きっと、パトリシアがそばにいたのなら、あちらでユズリハが寂しく苦しい思いをする事はなかっただろう、とグレイは思う。
彼女が根城に居着いてからの日々は騒がしく、そして今にして思えば嫌ではなかった。
「ふふ、変な旦那さま。異界の存在にお礼を述べるだなんて」
「関係ないだろ、それとこれとは」
「あらまぁ。照れていらっしゃる。可愛らしい事で」
によによと揶揄うように笑いながら、ぽすっとグレイの背中ピッタリとくっつくように横たわったパトリシアは、
「元々は500年程の約束、だったのです。彼方と此方の境界線を維持する期間は」
そのままの姿勢で言葉を続ける。
「ずっと、ずっと、彼女の帰還を信じて待ち続けた魔王さまは、約束の期間を超えても一人で境界線を維持し続けた」
そして、維持することにだけ集中するために長い眠りにつきましたと言ったパトリシアの声はどこか寂しげで。
「私はそんな魔王さまの代理であちらを統括しておりました」
でも、まだ起きてくれなくてと消えてしまいそうな小さな声でパトリシアはつぶやくと、
「もうお分かりかと思いますが、私の探し物は"ユズリハ・アーディ"の魂。私はそのために異界を渡りました」
異界に来た目的を告げる。
確かに階級証を失くしたとは言ったが、それがパトリシアの探し物だと彼女は断言しなかった。
「全部を思い出した彼女は、私にあちらに残る条件を提示しました。願いを叶えたら魔王さまの目覚めを一緒に待ってくれると」
「ユズリハなんて言ったんだ?」
「ただもう一目、あなたに会ってお別れをしたかったのだそうです。"おかえりなさい"を言っていなかった、と」
パトリシアはグレイにユズリハの願いを明かす。
「……ユズリハは返せません。彼女はあちら側にとって必要な方なのです」
ごめんなさい、と小さな声で詫びを述べた。
グレイは彼女の話を反芻し、じっと考え込む。
『いってらっしゃい、お兄ちゃん』
きっとこれを終わらせなければ、兄はいつまでも自分のことを探し続けると思ったのだろう。
妹は自分で終わりと生き方を選んだのだとグレイは悟る。
ユズリハらしい、とストンと腑に落ちたグレイは寝返りを打ち、空色の瞳を覗き込みそっと彼女に手を伸ばす。
触れたその身体は、生きているヒトのように熱を持ってはいなかった。
「パトリシア」
きっともう本当に時間がないのだ。
そう理解したグレイは静かに彼女の仮初の名を呼ぶ。
「なんでしょうか?」
「デート、しないか?」
身体の具合を確かめるように動きを確認し、上着を羽織ったグレイは。
「腹、減ったんだよ」
行くぞ、と言われたパトリシアはグレイの意図が見えぬまま、彼の誘いに従った。
パトリシアの語るそれは確かにユズリハらしいと感じる内容も多く、グレイはいなくなってからのユズリハの様子をはじめて知る。
「……なんっていうか、こう」
全部を飲み込めたわけでも、信じられたわけでもない。
それでも一つだけ確かなのは。
「お前、おちょくられてるぞ。ユズリハに」
パトリシアがこの10年ユズリハを保護し、大事にしてくれていたのだということ。
悪魔が奪い合い求める存在と特権を与える称号をあっさり手放してでもユズリハを取り返そうとするほどに。
「良いではありませんか、楽しければそれで」
どうせ事の真偽など確かめようがなかったのですし、とパトリシアは楽しげに笑う。
「快楽主義者め」
「まぁ、失礼な。そんなに眉間に皺を寄せいつも難しい顔をしているよりも、よほど有意義ではございませんか?」
ああ言えば、こう言う。
だが、こんなやり取りもいつの間にか嫌ではなくなっていた。
「……違いない」
そう吐き出したグレイはそのままベッドに横たわり、パトリシアに背を向ける。
「礼を言う。ユズを守ってくれていてくれて、ありがとう。パトリシア」
きっと、パトリシアがそばにいたのなら、あちらでユズリハが寂しく苦しい思いをする事はなかっただろう、とグレイは思う。
彼女が根城に居着いてからの日々は騒がしく、そして今にして思えば嫌ではなかった。
「ふふ、変な旦那さま。異界の存在にお礼を述べるだなんて」
「関係ないだろ、それとこれとは」
「あらまぁ。照れていらっしゃる。可愛らしい事で」
によによと揶揄うように笑いながら、ぽすっとグレイの背中ピッタリとくっつくように横たわったパトリシアは、
「元々は500年程の約束、だったのです。彼方と此方の境界線を維持する期間は」
そのままの姿勢で言葉を続ける。
「ずっと、ずっと、彼女の帰還を信じて待ち続けた魔王さまは、約束の期間を超えても一人で境界線を維持し続けた」
そして、維持することにだけ集中するために長い眠りにつきましたと言ったパトリシアの声はどこか寂しげで。
「私はそんな魔王さまの代理であちらを統括しておりました」
でも、まだ起きてくれなくてと消えてしまいそうな小さな声でパトリシアはつぶやくと、
「もうお分かりかと思いますが、私の探し物は"ユズリハ・アーディ"の魂。私はそのために異界を渡りました」
異界に来た目的を告げる。
確かに階級証を失くしたとは言ったが、それがパトリシアの探し物だと彼女は断言しなかった。
「全部を思い出した彼女は、私にあちらに残る条件を提示しました。願いを叶えたら魔王さまの目覚めを一緒に待ってくれると」
「ユズリハなんて言ったんだ?」
「ただもう一目、あなたに会ってお別れをしたかったのだそうです。"おかえりなさい"を言っていなかった、と」
パトリシアはグレイにユズリハの願いを明かす。
「……ユズリハは返せません。彼女はあちら側にとって必要な方なのです」
ごめんなさい、と小さな声で詫びを述べた。
グレイは彼女の話を反芻し、じっと考え込む。
『いってらっしゃい、お兄ちゃん』
きっとこれを終わらせなければ、兄はいつまでも自分のことを探し続けると思ったのだろう。
妹は自分で終わりと生き方を選んだのだとグレイは悟る。
ユズリハらしい、とストンと腑に落ちたグレイは寝返りを打ち、空色の瞳を覗き込みそっと彼女に手を伸ばす。
触れたその身体は、生きているヒトのように熱を持ってはいなかった。
「パトリシア」
きっともう本当に時間がないのだ。
そう理解したグレイは静かに彼女の仮初の名を呼ぶ。
「なんでしょうか?」
「デート、しないか?」
身体の具合を確かめるように動きを確認し、上着を羽織ったグレイは。
「腹、減ったんだよ」
行くぞ、と言われたパトリシアはグレイの意図が見えぬまま、彼の誘いに従った。