裏稼業殺し屋の聖職者はうっかり取り憑かれた悪魔から逃げ切りたい!?
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あの夜から数年の月日が流れたが、この国は何一つ変わっていない。
現世は一見平和そのもので。
ほんの数年前に境界線が脅かされて異界の存在が現世で覇権争いをしていた、なんて嘘みたいな話をこれから先も人間が知ることはないだろう。
そんな現世の片田舎にある古びた教会で、一人の司教がカードに目を走らせながら眉を顰めていた。
「どうしたの? 司教さま」
すっごく難しい顔してる、と隣接している孤児院の子どもが真似をするように指で眉を寄せてみせる。
「おや、私はそんな顔をしていましたか?」
そう言った彼は自然な動作で素早くカードを握りつぶすと優しげな表情を作ってにこやかに笑う。
『親愛なる殺し屋グレイ・アーディへ』
そんな文面で始まるカードに書かれた指令。
それは職場が変わろうが、役職が上がろうが、関係なくグレイの元に届けられる。
聖職者と殺し屋。
二つの顔を持つグレイの生活も変わらない。
「もう! ロロったら、司教さまはそんな変な顔をしていないわ!!」
司教さまはもっと男前よ、と後からやってきた女の子が抗議の声を上げる。
「姉ちゃん、司教さま大好きだもんね」
揶揄うように男の子がにやにやとそう言えば、
「わ、私だけじゃないもん!! シスター達も新しい司教さまカッコいいって騒いでるもんっ」
女の子は顔を赤くしながら勢いよく本日分の花束を差し出す。
受け取ったグレイは大聖女クロア・ファリシアの像にそっとそれを置いた。
「2人ともシスターのお手伝いですか? えらいですね」
グレイはそう言って二人を褒めながら頭を撫で、
「ご褒美です。あとでみんなで仲良く食べてください」
と砂糖菓子を渡した。
「「わぁ、ありがとうございます!!」」
子ども達は目をキラキラさせる。
「可愛い。お花の形だぁ」
「司教さまはお菓子好きですよね」
いつも持ち歩いてますね、と女の子にそう言われ、
「……そうですね、つい買い過ぎてしまうので」
果たせなかった約束を持て余している自分にグレイは内心で苦笑した。
年数が経つほど記憶は薄らぎ、パトリシアと過ごした数ヶ月は幻だったのではないかとグレイは自信が持てなくなる。
あの日、グレイは死んだはずだった。
死の間際、確かに暴食に罪禍の魂である自分を食べろと伝えたし、そこでグレイの意識は途切れた。
だが、物語はそこで終わらず、意識を取り戻したグレイの目の前には、大人になったユズリハがいた。
『"さようなら"をしに来たの』
おかえりなさい、お兄ちゃん。
そう言ったユズリハは、空の薬莢をグレイの手に乗せた。
今ではそれだけがあの日の出来事が夢ではないと主張する。
暴食に敗れ、完全に消滅した傲慢。
誓約によるペナルティを受けたことで砕けた階級証の中に不完全な存在として閉じ込められた暴食。
『この世界のどこかで生きていて欲しい、って』
パトリシアから預かった言葉をグレイに伝えたユズリハが、暴食の階級証を手に異界に渡り、静かに境界線の扉は閉じられた。
それ以降、少なくともグレイが異界のモノと接触することはなく。
今日も世界は規則正しく時を刻み続ける。
あの夜から数年の月日が流れたが、この国は何一つ変わっていない。
現世は一見平和そのもので。
ほんの数年前に境界線が脅かされて異界の存在が現世で覇権争いをしていた、なんて嘘みたいな話をこれから先も人間が知ることはないだろう。
そんな現世の片田舎にある古びた教会で、一人の司教がカードに目を走らせながら眉を顰めていた。
「どうしたの? 司教さま」
すっごく難しい顔してる、と隣接している孤児院の子どもが真似をするように指で眉を寄せてみせる。
「おや、私はそんな顔をしていましたか?」
そう言った彼は自然な動作で素早くカードを握りつぶすと優しげな表情を作ってにこやかに笑う。
『親愛なる殺し屋グレイ・アーディへ』
そんな文面で始まるカードに書かれた指令。
それは職場が変わろうが、役職が上がろうが、関係なくグレイの元に届けられる。
聖職者と殺し屋。
二つの顔を持つグレイの生活も変わらない。
「もう! ロロったら、司教さまはそんな変な顔をしていないわ!!」
司教さまはもっと男前よ、と後からやってきた女の子が抗議の声を上げる。
「姉ちゃん、司教さま大好きだもんね」
揶揄うように男の子がにやにやとそう言えば、
「わ、私だけじゃないもん!! シスター達も新しい司教さまカッコいいって騒いでるもんっ」
女の子は顔を赤くしながら勢いよく本日分の花束を差し出す。
受け取ったグレイは大聖女クロア・ファリシアの像にそっとそれを置いた。
「2人ともシスターのお手伝いですか? えらいですね」
グレイはそう言って二人を褒めながら頭を撫で、
「ご褒美です。あとでみんなで仲良く食べてください」
と砂糖菓子を渡した。
「「わぁ、ありがとうございます!!」」
子ども達は目をキラキラさせる。
「可愛い。お花の形だぁ」
「司教さまはお菓子好きですよね」
いつも持ち歩いてますね、と女の子にそう言われ、
「……そうですね、つい買い過ぎてしまうので」
果たせなかった約束を持て余している自分にグレイは内心で苦笑した。
年数が経つほど記憶は薄らぎ、パトリシアと過ごした数ヶ月は幻だったのではないかとグレイは自信が持てなくなる。
あの日、グレイは死んだはずだった。
死の間際、確かに暴食に罪禍の魂である自分を食べろと伝えたし、そこでグレイの意識は途切れた。
だが、物語はそこで終わらず、意識を取り戻したグレイの目の前には、大人になったユズリハがいた。
『"さようなら"をしに来たの』
おかえりなさい、お兄ちゃん。
そう言ったユズリハは、空の薬莢をグレイの手に乗せた。
今ではそれだけがあの日の出来事が夢ではないと主張する。
暴食に敗れ、完全に消滅した傲慢。
誓約によるペナルティを受けたことで砕けた階級証の中に不完全な存在として閉じ込められた暴食。
『この世界のどこかで生きていて欲しい、って』
パトリシアから預かった言葉をグレイに伝えたユズリハが、暴食の階級証を手に異界に渡り、静かに境界線の扉は閉じられた。
それ以降、少なくともグレイが異界のモノと接触することはなく。
今日も世界は規則正しく時を刻み続ける。