裏稼業殺し屋の聖職者はうっかり取り憑かれた悪魔から逃げ切りたい!?
「あ、そうだ。司教さまにお手紙預かったんだった」

 そんな女の子の声でグレイの意識は今に戻り、少女から手紙を受け取る。

「わぁ、またラブレター? 司教さまモテモテ〜」

 いいなぁと男の子が目を輝かせる。
 異界の存在に怯えることも、神に縋る必要もなくなってきた昨今。聖職者の後継不足が深刻になり、ついに聖職者の結婚が認められれるようになった。
 その影響があるのかないのかは不明だが、確かにやたらとその類の手紙はもらうけれど、今のところそんな相手は考えていない。

『旦那さま』

 目を閉じると、今でも自分のことをそう呼ぶ彼女の事を思い出す。
 人間とは番のことをそう呼ぶのでしょう? などと言って、間違いだらけの常識を掲げ、

『ふふ。旦那さまを育てて美味しく頂く。それも悪くないですわね』

 なんて勝手に食糧認定したあげく、ところ構わず無遠慮に襲って来てヒトの活力を奪っていき、

『こんなに可愛い妻がいるのに白昼堂々と浮気なさるだなんて、私ジェラシーで何をしでかすか分かりませんわ』

 暇を持て余しては構えと頬を膨らませ、すぐ拗ねる。
 そんな厄介で冗談みたいな悪魔と送った共同生活。
 正直、碌な思い出がないな、と思うのに。

『いなくならないで、グレイ』
 
 暴食(ベルゼ)の中で知った、彼女の気持ち。
 あの飄々として掴みどころがなく、ヒトを揶揄うことに全力を注いでいるような彼女が泣いているのだと思うと胸が締め付けられるように痛む。
 グレイはこの気持ちの名前を知っている。
 それを口にする日はきっと来ないだろうということも。

「大人を揶揄うものではありませんよ」

 そろそろお帰りなさいと、子ども達を見送るために外に出た。
 その瞬間、アヒルの大群と目が合った。
 反射的にドアを閉めるグレイ。
 いや。
 いやいやいやいや。
 冷静になれと、グレイは首を横に振る。
 いくらここがど田舎だとはいえ、水場でもないのにアヒルが大量にいるわけがない。
 疲れているんだろうか、と気を取り直してそっと開けるがやはりいる。
 しかもめちゃくちゃ目つきが悪い上に獰猛そうなどう見てもカタギではない奴が。
 ……アヒルにカタギなんて表現が正しいかどうかはこの際置いておくとして。
 既視感のある光景に頭を抱えつつ、子ども達を裏口からそっと帰宅させたグレイは手紙を開封し、その足で地下室もとい裏稼業部屋に向かうと、

「ここか!?」

 バンッと勢いよくドアを開ける。
 そこにいたのは、ひとりの女性。
 セミロングで癖のある髪は淡い桃色ではなくブルーパープルだし、瞳は空色ではなくピンク色。
 だが、

「まぁ、司教さまったらとっても怖いお顔ですこと♡」

 ふふっと楽しげな声で笑い、

「壁一面に配置された暗殺道具。相変わらず素敵なラインナップのお部屋ですわね。神に背を向ける背徳の司教さま?」

 と揶揄うような視線を投げて寄越す彼女は間違いなく、あの日言葉を交わすことすらできず別れた悪魔だった。
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