裏稼業殺し屋の聖職者はうっかり取り憑かれた悪魔から逃げ切りたい!?
「と、いうわけで。これからよろしくお願いしますね、旦那さま」

 悪魔というイレギュラーにもたらされたその情報をどこまで信じるべきなのか。
 正直、判断しかねるが。

「……何なんだ、さっきからその"旦那さま"っていうのは」

 それよりも今気になるのは、パトリシアの自分に対しての呼び方。
 先程までは神父さまと呼んでいたはずなのに、いつの間にか旦那さま呼びになっている。
 非常に嫌な予感がして、釘を刺すようにそう問えば。

「人間とは番のことをそう呼ぶのでしょう?」

「番?」

 聞き返したグレイにキョトンと首をかしげたパトリシアは、

「だって私、これから旦那さまと結婚しますし」

 決定事項としてそう告げた。

「待て。一体何がどうしてそうなる?」

 ふざけんなよ!? と全力で抗議の声を上げたグレイに対し、

「私、旦那さまの容赦ない鬼畜さに惚れましたの」

 こんなにあっさり完敗を喫するなんて初めてで、とパトリシアは顔を赤らめると、

「悪魔とは、自分のことを初めて打ち負かした相手を宿命の伴侶と定める生き物なのです」

 つまり旦那さまは私の運命のお相手、と力説する。

「聞いたことねぇよ!!」

 ついさっき自分のことを殺そうとして来た相手に言い寄られてもぶっちゃけいい迷惑でしかない。
 が、

「嫁入り前の乙女の柔肌に触れておいて、知らぬ存ぜぬで通ると思いで?」

 パトリシアは背筋の冷たくなるような視線を向けてくる。

「着ていたドレスも強引にはぎ取られましたし、何より素肌を全て見られました。もう私お嫁に行けません」

 酷いです、旦那さまっとわぁーっと泣き真似をしたパトリシアは、

「というわけで、旦那さまには責任をとっていただかなくては」

 そう言って普段からグレイが報告用に使っている記録映像機を取り出す。
 いつの間に掠め取られたのかはわからないが、そこには確かに先ほどまでのやりとりがしっかりと映っている。

「これをダイジェスト版に編集してばら撒いたら、聖職者としての旦那さまの地位は一体どうなってしまうのでしょう?」

 人間とはなんとも面倒な生き物ですわねとパトリシアは綺麗に笑う。

「……お前、まじでふざけんなよ!?」

 お前他人の体を乗ってる悪魔のくせに何言ってんだ、とか。
 そもそも種族が違うだろう、とか。
 こっちの意向は全無視か、とか。
 グレイとしては全力で争いたいところだが、パトリシアの主張も100%虚偽申告とは言い難い。

「出るとこ出ます? 旦那さま」

 どうします? とパトリシアはそれはそれは楽しそうに、グレイのシーブルーの瞳を覗き込む。
 面倒事は嫌いだ。
 が、厄介事はもっと嫌いだ。
 しばらく思案したグレイは盛大にため息を吐き、

「……今回の事件が解決するまでだ」

 所在がわからなくなるよりは、まだ自分の監視下に置いた方がマシと判断し、同居を許すことにした。

「終わったら容赦なく祓ってやる」

「ふふ。不束者ですが、どうぞ末永く可愛がってやってくださいませね?」

 そう言って空色の瞳は満足そうな笑みを浮かべる。
 こうしてグレイと悪魔(パトリシア)の共同生活が強制的に始まったのだった。
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