裏稼業殺し屋の聖職者はうっかり取り憑かれた悪魔から逃げ切りたい!?

5.常識とは、生きてきた環境によって違うものである。

 休日の早朝は教会で礼拝の仕事がある。
 それは表の仕事を続ける上でグレイにとって外せないものであったが、今日ほど帰りたいと思った日はない。

「とっても素晴らしい御説法でしたわ。旦那さま」

 なんで悪魔が最前列で聞いてるんだ。
 しかもペンライトとうちわを振り回しながら。
 他の信者ドン引き案件。完全なる営業妨害である。

「おかえりはあちらです。あなたに神のご加護がありますように」

 ここで折れたら負けだ。
 変な人間など掃いて捨てるほど相手にしてきた。彼らの土俵に立ってはいけないとグレイは経験上学んでいる。
 というわけで、キラキラキラとしたザ営業スマイルでグレイは淡々とパトリシアを摘み出そうとするのだが。

「普段のやる気のなさからは考えられないほど完璧な聖職者ぶり。神など全く崇拝していないくせに、スラスラと心地よく紡がれる嘘の旋律。偽りの聖者の中身が殺し屋という背徳感。あぁ、詐欺師とはまさに旦那さまのためにあるようなお言葉ですね!」

 顔を赤らめすごい長台詞で語られたが、とりあえず1ミリ足りとも褒められている気がしない。

「……俺が詐欺師ならお前はただのストーカー女だ。この変態が」

 パトリシアが異質過ぎて早々に他の信者が出て行ってしまったので、グレイは取り繕うことを止める。

「まぁ、ストーカーだなんて。つまり私は旦那さまの事を知り尽くしている、とおっしゃりたいのですね」

 そんなに褒められては照れてしまいますわ、と全くめげないパトリシア。

「……1μmも褒めてねぇ」

 呆きれを存分に込めてため息をついたグレイに、

「昨夜の戦闘が思いの外長引き、不様なイモムシのようにベッドで丸くなりながら"…あと5分"だなんて睡魔と戦ってらした可愛らしい旦那さまの姿を思えばこのつれなさ加減もたまりませんわぁ」

 にこにこと応戦するパトリシア。
 楽しそうに針金をクルクル回すパトリシアを前になんで知ってんだよ、と突っ込む気にもならない。
 生きている常識軸がちがうのでまともに相手をするだけこちらのダメージが蓄積していくのは分かっている。
 が、

「なんだこの"推ししか勝たん"って」

 今後も営業妨害をされては困るので、うちわに書かれた意味不明な文字を指して律儀に尋ねるグレイ。

「え? 人間とはこうやって愛するヒトを愛でるのだとお伺いしましたけど?」

 頑張って作りました! とドヤ顔のパトリシア。

「今後は旦那さまの裏のお仕事もこちらを使って応援したいと思います!」

「……だからお前のその間違った人間情報はなんなんだ」

 それは一体どこの世界の文化だと額を抑えたグレイは、

「もういい、帰る」

 面倒になったのでパトリシアを正すのは諦めた。
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