深夜の独り旅
1
 太古の鍾乳洞、裸足で分け入って行く。見えるものは唯、奥深い山脈の混じり気の皆無な自然的景観。鍾乳洞はしかし、実用的な防空壕。夜未だ浅い夕闇から、夢の世界へ踏み出して行こう。右手に持つナイフの煌めきが、唯一の懐中電灯、人生は確実に残り僅か、記憶は過去に遡るが、それを説明しても理解者などいない。哀れな老人故にだ。自然とは異質な低い機械音が聞こえる。幻聴だろうか、モーターのような機械音は音楽のようで、何故か耳に懐かしい。荒唐無稽な音符の乱舞よりも、この単調且つミニマルな騒音だけが心の拠り所か。気付いた。時間が一定の間隔を開けて、しゃっくりを起こしている。時間の小さな爆発毎に、躰が空間に定着し、そして次の空間にて再び固定化する。大自然のこのストップモーションは断続的な空間移動を促す。移動の度に尾を引く躰の残像は、刹那の幻として心中に灯りを点すだろう。この世に居られる時間が余りにも残り少ないからだ。
 不意に躰がふわりと浮遊する。鍾乳洞の天井に足を着け、身を逆様に歩行を始める。獲得したのは反重力か、足裏の単なる粘着か、髪が逆立ち、胃の内容物が逆流する。逆様歩行は、悪魔の実像を心裡に夢想させる。
 次の瞬間、鍾乳洞の奥深くから真紅のマグマが溢れてくる。不思議に熱は感じない。躰も溶解しない。マグマ溜まりの震央から、一人の天使が現れた。純白の衣を着て、頭上に光の輪がある。
「出でよ、魂。悪辣な枢機卿が天の誘導尋問を開始する時、我は未来の予測を誤る。死にはどうか箇条を付けないで欲しい」
「死は死。待たずとも訪れるもの。未来など意味を持ちません」
「老獪な鋳物造りが崇高な使命追及する折、貴方は自分の心理探索に明け暮れるのですか」
「いいえ、天が憎悪を敬うので、他人を愛せないだけです」
「不健康極まりない明けの明星が、論理的に帰納しえない定理を平身低頭して、流動性と献花のみに床を飛び回る」
「何故ですか。苦しい未知を刃で切り裂く臆病者を置き去りに」
「唯倫理観を統制する憲法の趣旨からして貴方の犯罪行為を眼をつむって居られるからでしょう」
「唐突、済んだ事は忘れてしまいましょう」
 天使は頷いた。
「ジャズの閃光要素がピアノよりもベースに訊き返す。流浪の民は一千大、舞い上がる眼球の政治的生活をより苦悩に満ちるものに転換する」
「夕闇と有益な17に、浪人が須く活き活きと病魔に負けない」
「貴女は残酷な人ですか」
 それへの返答は唯単にナイフの一突きだった。天使の純白の衣装を、骨肉を引き裂いた。迸る鮮血。
「天使を殺害してしまった」
 鍾乳洞の更に奥へと進むことにした。マグマは既に冷却され、岩石化している。足下も冷たい感覚。進むことに躊躇いはなかった。
 奥地は一体何処に続いているのか。不可侵の自然環境は、未だ見ぬ獣の登場を何故か予測させる。他に生物が棲息しているという確信があった。
 矢庭に白い大白鳥が、奥地から飛来した。矢張り獣が居た。白鳥は大きな翼をはためかせながら、人間の言葉を喋った。
「殺したな、貴様」
「何だ」
「貴様、天使を殺しただろう」
「それが何だ」
「刑罰を受けねばならない」
「人間は殺していない。天使を殺害したのだ。人間の法律が適用されるのか」
「そうだ、命を奪ったのだから」
「そもそも、天使は死ぬのか」
「天使は不死だ。白鳥は死ぬが」
「それならば無罪だ」
「貴様は白鳥を殺した」
「あれは白鳥だったのか。天使の外観だったが」
「天使は白鳥で、白鳥は天使だ」
「その置換は一事不再理だろう」
「貴様は白鳥を虐待した。差別解消法に抵触する」
「だから何だ」
「相当の科料を払うべきだ」
「そもそも殺害は虐待か。ネグレクトですらない。安楽に浄土にお迎えが来た筈だ」
「天使は仏教徒ではない。キリスト教徒だ」
「天国と言い換えると気が済むのか」
「白鳥は獣だ。ヘヴンの空を飛翔し得ない」
「ならばあいつは何処に行った?」
「約100m先に未だ倒れている。血塗れでな」
「死んでないのか」
「白鳥は不死だ」
「白鳥は死ぬと言わなかったか。それとも両者は自在に置換可能なのか」
「性と理の置換は可能だ。理は気に覆われているから、格物によって物をブレイクスルーしなければならない」
「即ち、アプリオリな認識は形而上学としては理論的にではなく、実践的領域において適用されるべきなのか」
「主客分裂はフィヒテによって、統一されている。真のロマン派は格物致知など嘲笑するだろう」
「カバラの道だけが、真理を照らし出す」
「空間とは時間の概念を格物したものだとは言えない」
「どの道、ゲーテルによれば不完全性定理を弄べば、無矛盾性は存在し得ない」
「神を否定するつもりか」
「何とも安っぽい罠だな」
「進行性の病魔に覆われているか」
「それが気か物か」
「理は宇宙だ。いずれにせよ、アートマンとブラフマンは合致する」
 対話がインドを喚起した時、溶岩は再度溶解を始めた。赤光が洞窟内部を束の間支配した。しかし不可思議にも、熱は相変わらず足下に感じない。何時までも熱を帯びないとは限らない。洞窟の更なる奥へと逃走するしかなかった。白鳥をその場に置き去りにして。
 底辺を過剰な債務として、労務費が庶民逆転臨調感溢れる自死しかないのか。死ぬしかないのか。物の理として洞窟の先には海が在る。そうだ、この鍾乳洞の遙か彼方には海がある筈だ。其処迄辿り着けば、或いは。
 共闘する真理の源で、残り少ない差別化戦略会議、焼かない腹など柔らかい光、辿り着けば無抵抗に陰気な労働。
 眩い光源が見えてきた。躰を光に包まれる。躰は洞窟から、別次元に瞬間移動。彼は自分の乗用車の運転席に居た。気が付けば。
 会社を退職しなければならないのだろうか。手の打ちようのない、手痛い失策をしてしまった。上司は到底彼を許してはくれない。しかし辞職したとして、次の職は容易に見つかるだろうか。
 ハンドルに頭を打ちつけた。自分で自分が赦せなかった。世の中は慈悲で回っているのではない。人々は各々懸命に生きている。己のように厳しく自省し、辛うじて生き延びている。誰しもが生きる権利を有する筈だ。しかし世間は冷厳で、自殺者も絶えない。人々は皆、皆ではないかもしれないが、大抵の者が、宗教に救済を求める。政治は役立たずだ。セーフティネットには皆スティグマが付き纏い、その穴に落ち込んだら落伍者の烙印を押され、二度と表社会を歩けない。
 誰もが必死に生きているのだ。だが報われない者が余りにも多い。

 呆然とフロントガラスの前方を眺めた。1台の黒い車が奇妙にのろのろと歩道に近づいている。次の刹那、車は歩道に乗り上げた。驚いたことに次々と通行人を跳ねて行く。
 白昼のテロか、瞬時にそう悟った。耐え難い怒りが込み上げた。政治が何だ。誰しもが懸命に生きている。誰も犠牲になるべきではない。
 急いで自分の車を発進させた。猛スピードで突っ込み、テロの車の横に来た。テロの車の運転席に、車を体当たりさせた。窓ガラスが蜘蛛の巣状に割れ、内部でテロリストは内ポケットから拳銃を取り出した。更に車を体当たりさせた。
 
 ハンドルから頭を上げた。暫し眠っていたらしい。フロントガラスの前方に平和な街並みが広がっている。どうやら夢を見ていたらしい。上司を何とか説得しよう。そう思い直した。眩い光源に包まれた。
 再度鍾乳洞にて惑乱の只中にあった。見えるものは何もない。兎に角前進あるのみ。洞窟の奥へと。抵抗勢力は拡大反発、死神に眼もくれず、あまっさえ敵陣の彷徨に霜月数えながら、メンタルの脆弱性を縫合する組織は、周防選択近いうちにて、安らかに入り込む、私と自分が葛藤、眼も合わさない闇の果て、猛進一路探索は有耶無耶に、切れる神経細胞担ぎながら、一歩を踏み出した。
 再度眩い光源が躰全体を覆う。
 危険だ、光が発熱。光の中へ只中へ。
 或る村の公民館。入口に看板、何かの研究所、何かの部分は木の葉に隠れて見えない。何の研究所なのか。
 公民館内部、30程のパイプ椅子に観客、皆黒いスーツに黒サングラスの格好。舞台の幕が開く。
 舞台上には狭い田圃が広がっている。独りの老婆が鍬を振るっていた。
 場内アナウンスの低い声。
「老婆から、此方は特殊な装置で見えません。あの老婆はもう二週間、舞台上で生活しています。彼女にとって、この狭い舞台上が世界なのです。舞台袖には小さな雑貨店が設営されていて、彼女は其処で食品や肥料を購入しています。彼女は此処が舞台上だということに気付いておらず、此処が現実世界だと思い込んでいるのです」
 老婆は疲れたのか、農作業を止めて畔に腰を下ろした。その時、舞台奥から、蒸気機関車が警笛を鳴らしながらやって来た。老婆は機関車を眺めた。
「この機関車は此方で作った映像です。甚だ粗い画像なのですが、老婆は本物と信じているのです」
 老婆は悲しげな表情で、過ぎ去る機関車を眼で追った。
「彼女がもし、自殺を決意して、線路に身を投げ出せば、偽物ということが直ぐ分かるのですが」
 老婆は再び農作業を始めた。
「言葉により開かれていく世界ではない。映像が全てだ……」
 眩い光源が公民館を覆った。
 再度鍾乳洞に戻った。先は長い、ゆっくり進むことにしよう。海に着いたら、思う様泳げばいい。しかし果たしてこれは地底に続いているのか。それともこの山脈向こうの海岸に繋がっているのか。光の海は未だ見ぬ憧憬、夜明けが其処に待つか、更に深い夜闇が始まるか、判らない。肯定喪失は有耶無耶真実、抵当権を不確定要素に重ねれば、山間の暗室を探して、那波良菜していく柵原来年、高速山道死は満たず、行く河の流れも拘泥せず、単身趣くのみ。
 再度光に包まれた。空間移動。
 或る病院の診察室、一人の医師が医療雑誌記者のインタビューを受けている。医師は未だ若く、血気盛んだ。
「結局どうなるんですか。従来の癌の治療法を全て否定なさるお積もりなのですか」
「その通りです」
「最新の免疫療法もですか」
「細胞レベルでは役に立ちません」
「抗癌剤や外科手術も否定なさる」
「petで全身を検査して、癌を見つければ其処を切除する。そしてまた転移して更なる外科手術を。いたちごっこですな」
「抗癌剤を確実に癌細胞に手当てする方策はある筈ですが」
「抗癌剤は副作用が大きいだけで、根治にはなりません」
「では放射線治療は」
「癌細胞を焼くという発想ですから、手術と同様」
「ならば陽子線治療は」
「それは放射線治療の一種に過ぎません」
「ではどうすれば良いと」
「従来の癌治療では、5年後の生存率に期待するのみ。後はホスピスを紹介して、安らかにどうぞと伝えるだけです。よって根治療法が必要な訳です」
「それは何ですか」
「クリスパーキャスナイン」
「嗚呼、成る程」
「これからの癌治療は遺伝子レベルでなくてはなりません」
「遺伝子治療ですか」
「その通りです。塩基配列の問題に集約されます。これからの医療は全て遺伝子治療でなければなりません」
 デスク上のスマホが着信音を響かせた。
「失礼」
「どうぞ」
「何、どうした?何だって、娘の頼子が肺癌に罹患しただと。そんな莫迦な。直ぐ其方に向かう」
「どうされました」
「まさかの悲劇だ(しどろもどろ)頼子が、あの娘が、まさか肺癌に。肺癌は手術出来ない。陽子線治療の専門家に会わなくては」
「陽子線治療は否定なさったのでは」
「馬鹿者、そんなこと言っている場合か。(しどろもどろ)誰か助けてくれ。外科の先生方、放射線治療の先生方……」
 眩い光源が医師を包んだ。
 闇夜の鍾乳洞、未だ先は長い。確かに洞窟内部を徒歩で着実に進んでいる。蝙蝠が耳元を掠めて飛んだ。光はない。深夜の暗黒で兎に角前進を続けている。
 不意に意識を喪失した。


 一人の青年が、一頭の牛を探している。未だ何も見つからない。


 青年は、牛の足跡らしいものを発見した。


 青年は、牛の後ろ姿を見つけた。


 青年は、ロープにて牛を確保した。


 青年は、牛を使って畑を耕作した。


 青年は、牛の背に乗り、故郷に帰った。


 牛の姿は失われて、青年はとある山に祈りを捧げた。


 何も無い空間。唯、大きな円があるのみ。


 大自然の樹木、絵のような美しい自然。


 青年は、村を訪れた。腹の突き出た聖人に逢った。


 手探りで、洞窟の奥地へと歩いて行く。視力は既に失われているのか、確認の手段はない。脚力だけは維持している。大陸間弾道ミサイルが発射された。もう脅しのレベルではない。真の深夜が訪れたということだ。着弾地からみて、未だ威嚇の段階か。就眠もあり得る。この洞窟内部で倒れて、其の儘絶命することすら、想定の範囲内としなければならない。海を目指したかった。それならばこの地底に続く道程でなく、外部から山越えを目指すべきかもしれない。だがこの道を選んでしまった。もう後戻りし得ない。とまれ洞窟内部は奥へと延びていることは確かだ。未だ一縷の希望はある。否、ないかもしれない。地獄への道を態々選りに選って辿っているのではないだろうか。
 眩い光源がまた現れた。意識が意識が溶解してゆく。

 二人の男女は真夜中にホテルに宿を取った。殺風景な内装、三流ホテルだった。男女はテーブルを挟んで対座し、手持ち無沙汰に煙草に火を点じた。
「夜が更けたわね」
「そうだね、だが朝迄は数時間だろう」
「いいえ、朝は来ないかもしれない」
「莫迦な、太陽はいずれ上る」
「ICBMが着弾すれば上らないわ」
「此処はウクライナではない」
「いいじゃないの。ずっと夜が続けば」
「夜の間に息絶えるなら、夜は続かない」
「それも良いわね」
「そうか、もう諦観の悟りの境地なのか」
「だって、仕方ないじゃないの」
「まあね、夜の間に愛し合うか」
「それがいいかも」
「ベッドに行こう」
 二人はベッドに行き、静かに添い寝した。
「ねえ、貴方……」
「何だね」
「私が何者か判る?」
「判らないね」
「私は人喰い女」
「何だって」
「私は貴方を喰い尽くす」
「まさか」
 彼女は、彼に覆い被さってきた。
 彼は左耳に激痛を覚えた。女に喰い千切られたのだ。

 鍾乳洞の闇の中、脚は未だ動いている。これ程疲弊が酷いのに、脚はまだ歩みを止めない。一体何の為に彷徨しているのか。本当に求める目的地は存在するのか。何もかも不明だった。前方に両手を差し伸べた。何も無い空間が無意味に広がっているのみ。兎に角前方は未だ在る。行き止まりではない。
 再三眩い光源に躰が包まれる。
 光の裡から、前方の人物が朧気に見えてきた。光度が低下すると、その男は太宰治であることが分かった。太宰治に遠慮会釈抜きに語りかける。
「私が正しいとまでは言いませんが、少なくとも貴方は間違っています」
 太宰は何とも返答しない。
「貴方は全部捨てて、真っ白になって、ごく普通の生活をして欲しい。そうすれば、夏目漱石や武者小路実篤のような健全な小説が書ける」
「何もかもが虚しい」
「それならば、罪のない女性を巻き込まず、独りで孤独に死んでください」
「私には才能がある」
「単なる思い込みでしょう。貴方のような真正の田舎者に小説は書けない」
 太宰治は懐から拳銃を取り出した。
「煩い、死ね」
 太宰は拳銃を発砲した。

 鍾乳洞の裡は寒さが厳しかった。極寒迄は未だ日にちがある筈だが、地底は気温が低い。どうやら寒さだけではなく、酸素が希薄になってきたようだった。愈々土俵際だった。もう逃げ場はない。余りにも日常的な野垂れ死にが待っている。
 もう独白する心的余裕はない。空中の都市再生計画策定、この忸怩たる前進も止めてしまおうか。結末において革命の必要性を認識させる全体の構成を持つ小説は、此処日本においても政治的に有益な筈だ。先ずは労働の無益さからだ。夢の不確定要素からのアプローチではない。だがブルトン達は其の儘の姿勢で、政治的に接合し得ると信じた。拒否されたのか。ならばこの道は間違っている。抵抗勢力がサウンドコラージュに有用性を発見したならば、此の儘海を目指す行為も、一矢報いる。昨晩の倦む悪夢を幾つも見続ける情報は、我々と彼らの間に挟む境界線、信仰が生み出すある種の権力は、暗黒で青黒い。きめ細やかな終末は唯回転する組織率の上昇気流。目隠しされた真意の解説こそ、求める目的地を説明する機会ではないのか。生と死、戦争と政治思想、解明は容易でもない。屡々麻酔を打たれて、尚見続ける悪夢とは、一縷のギターのベンディングに等しい静かな感情表現。何もかも憎悪が動機としても、専恣な自瀆が床を滑っていくように供養にはなり得ない。ビッグバンの反対側を希求して単一民族の反重力実験の成功を夢見る、医学の進歩故にだ。素粒子レベルで仮にDNAが合成なし得るならば、人類は不老不死を容易く淵源から嚥下する。
「私は自己意識を失いたくない」
「何故かね」
「還元主義に何もかも搾取されたくないからです」
「それは搾取なのか」
 会話の相手は先刻の白鳥だった。徒歩は余りにも低速度、白鳥は洞窟内部を飛行してきたらしい。
「そんな主張は主にインテリ層からです。搾取ですよ」
「真理ではないのか」
「確認しようもないでしょう。彼らはクオリアすら統制も説明も出来ない」
「としても、自己意識が役に立つのか」
「立ちません」
「そうだろう」
「祈りを捧げるだけで、無明を悟らねばならない。一つずつ欲望を抹殺して、暗黒と合一」
「諦観のことを言っているのか」
「瞑想は単身行うもの」
「間違っているな」
「何処がですか」
「十牛図の最後は日常的な邂逅だ」
「それが此の世だという保証はありますか」
「浄土でも構わない。その方がより幸福ではないかね」
「不可知論は退けたいんです」
「哀れな現実主義者だな。それでシュールリアリストのつもりなのか」
「彼らによれば、無意識すら搾取されますよ」
「そうではない。不条理は全て夢見る領域に幽閉するつもりかと問うている」
「でも無意識が認められないならば、幽閉も不可能です」
「それでは海を渇望してはいるのか。今に至っても」
「ええ」
「そうか。海なら、前方の岩石の裏に在る」
「何ですって」
「海は其処に在る、と言っているのだ」
「本当ですか」
「我々は光に包まれている。我々には虚言はない」
「そうなんですね」
「だが貴様の非力で岩が動かせるか」
「光に包まれた、この躰を見て下さい。太っているでしょう。岩くらい動かせますよ」
 大きな岩石に組み付いた。全力で岩を引き剥がした。見る間に海水が洞窟内部に溢れ出た。其処は海底らしい。直ぐさま飛び込んだ。
 暗い海の底、躰は海水に吸い込まれていく。思う様泳いだ。
 違う、泳ぎたいのではない。鍾乳洞に戻ろう。目的地は何処に。
 鍾乳洞に戻り、再び岩石で海に蓋を閉めた。

 太古の鍾乳洞、裸足で分け入って行く。見えるものは唯、奥深い山脈の混じり気の皆無な自然的景観。鍾乳洞はしかし、実用的な防空壕…… 

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