短な恐怖(怖い話 短編集)
なんでも、この世には“不死の花”と呼ばれる花があるらしい。そんな話を小耳に挟んだのは、大学の同級生だったYと街で偶然出会った時だった。
卒業してからかれこれ五年。Yとはゼミが同じだったというだけで特段親しかったわけでもなかったが、なんとなく酒でも飲もうという話になり、その足で居酒屋へと向かった私達。気付けば、夜が更ける頃にはすっかりと意気投合していた。
なぜ、大学在学中にもっと親しくしておかなかったのだろう。そんな後悔をしてしまう程にYの話は面白かったのだ。
「この間、T県S村の山向こうにある秘境まで行って来たんだけどさ。数百年前まで人が暮らしてたような形跡が残ってたんだよ。さすがに今じゃ人が暮らせるような環境ではなかったけどさ、未だに残ってるなんて凄いよな」
「へぇー、それは何だか感慨深いものがあるな」
「だよな。……ま、肝心の天狗には出会えなかったんだけどな」
そう言って焼酎片手に笑ってみせたY。
彼はいわゆる、妖怪だとか民俗学だとかいったものに興味があるらしく、都市伝説などといった怪異が好きな私にしてみれば、彼の話は至極興味をそそられるものだった。
「あ、そうそう。“不死の花”って知ってるか?」
突然、なんの前触れもなくそう告げたのは、私がテーブルに置かれた枝豆に手を伸ばした時だった。
聞けば、その花はどんな病でもたちどころに治し、永遠の命を与えるのだとか。先日フラリと立ち寄った古書店で、何やらそんな伝記が書かれた書物を見つけたらしい。勿論、永遠の命を与える花など鵜呑みにしたわけではなかったが、そんな花があるなら一度見てみたいと、私はYと共に大いに盛り上がった。
今にして思えば、Yはこの時から“不死の花”の存在を本気で信じていたのかもしれない。
そんな楽しかった夜から数ヶ月が経ったある日。Yから来たメールを開いた私は、半信半疑ながらも驚きの声を上げた。なんと、Yは“不死の花”を入手したというのだ。
私は早速Yに連絡を取ると、その“不死の花”とやらの詳細を話し聞かせてもらうことにした。
Yが言うには、その花に種というものは存在せず、人から人へと渡ることでのみ花を咲かせるらしい。その花弁は透明に輝き、その地に根付くと決して掘り返すこともできず、また、枯れることもないのだと。
そんな話を聞きながら、私はYにからかわれているのだと気が付いた。
掘り返そうにも掘り返せないのだから、持ち運ぶことはできない。そこで写真に撮って見せようとしても、透明に輝いているだけで“ソレ”が花とは分からない。ならば直接見に行きたいと願い出てみると、今は都合が悪いと言われる。
そんな言い訳を並べ立てられれば、いくら鈍感な私でも気付くというものだ。
けれど、例えからかわれただけとはいえ、Yから聞かされた“不死の花”についての話はとても面白く、作り話とはいえ私は大変満足した。
その後、どうやら風邪で体調が悪かったらしいYは、一人私を喫茶店へ残すと同棲中の彼女が待つ家へと帰っていった。
それから暫くして、Yとの連絡が途絶えてしまった私は、以前会った時に聞いた住所までやって来ると、木造アパートの一階部分にあるYの自宅を訪ねた。
虫の知らせとでも言うべきか。私には、気掛かりなことがあったのだ。
チャイムを押し鳴らしても、室内に人のいる気配は感じられない。ノブを回してみるとガチャリと玄関扉は開き、私はYの名を呼びながら部屋の中へと入っていった。
整然とした部屋に似つかわしくもない、所々に空いた床の穴。その穴に目を呉れることなく歩みを進めた私は、目的の場所まで辿り着くと膝をついた。
そこにあったのは、透明に光り輝く二輪の花だった。
それから暫くして、私の家では父に続いて母までもが突然姿を消してしまった。風邪で寝込んでいたはずなのに、一体どこへ行ってしまったというのだろうか? 自宅床にある無数の穴を眺めながら、私は呆然と立ち尽くした。
父と母が突然姿を消し、変わりに我が家に現れたのは光り輝く透明な花。
あれから一週間経った今も、父と母は帰ってこない。
─完─