大嫌い同士の大恋愛     ー結婚狂騒曲ー
「お願いします、名木沢さん」

 それから、いつもの仕事に戻ると、片桐さんから分厚い企画書を手渡された。

「――……えっと……」

 過去最高ではないかと思うような厚みに、一瞬、怯んでしまう。
 そして、彼を見上げると、真剣な表情で見下ろされていた。
 私は、すぐに態度を改め、それを受け取ると、真っ直ぐに彼を見上げる。
「――言っていた、班全体の企画、ですか」
「ええ。まずは、感想をいただきたいので」
「――承知いたしました」
 お互いに軽く会釈し、私は、企画書をゆっくりと未決のボックスに入れた。
 渡されたとはいえ、急ぎではないのは誰のものでも同じ扱いだ。
 そこに、以前の関係が影響するなど、あってはならない。
 そして、それは、彼もわかっているはずだ。

 いろいろあったけれど――仕事に対しての姿勢は、同じだと思っているから。

 良いものを、売れるものを、作りたい。

 妥協はしてはならない。


 私は、気を引き締めて、手元の書類に再び目を落とした。


 どうにか、夕方くらいには目途がつき、私は、片桐さんからもらった企画書を手に取る。
 その重みは――彼等の熱意の表れだ。
 私は、ゆっくりとページをめくり、そして、固まった。

 ――『抽選で、世界に一つだけの、あなただけのスパイスを作ります!』

 思わず顔を上げ、四班の席を見やると、片桐さんと目が合う。
 彼は、かすかに微笑み、再びパソコンに視線を向けた。

 私は、口元を引き締め、続きを読む。

 ――『一か月につき、十名、一年で計一二〇名に、自分好みのスパイスを調合。オリジナルデザインの瓶に詰めて差し上げます』

 ――『応募条件は、当社の製品三個につき、一回。バーコードを貼り付け、ハガキで応募』

 ――『コンセプトは、当社の認知度を上げる事。レア感を出す事により、購買意欲を増幅させるものである事』

 そして、これまでの調味料の実績データと、競合他社のデータなどが添えられ、予想される売り上げと詳しいジャンルの説明もあった。
 ――ああ、確かにウチに、こんな風な企画は、今まで無かったわね……。
 私は、そのまま一気に企画書を読むと、ほう、と、息を吐く。

 ――……よほど、悔しかったのかしら。

 そう思いながら、顔を上げれば――いつの間にやら、人の気配がほとんど無い。
 驚いて時計を見やると、もう、定時を三十分は過ぎているではないか。
 聖は、いろいろと気を回してくれているのか、一人で帰ってしまったようだ。
 ――でも、今は、助かったかも。
 これを途中で止めるなんて、私にはできない。
 一回読んだだけではわからない、細かい箇所を見つけ出すのが仕事なのだから。

「どうかな、名木沢さん」

 すると、片桐さんが私の席までやってきて、微笑んだ。
 それは――きっと、自信の表れ。

「――面白いと思います」

 率直にそう返せば、満足そうにうなづかれた。

「良かった」
「でも、一回ではわからない箇所もありますので、これからです」
「――だね。お手柔らかに」
 クスクスと笑いながら、彼は、席に戻る。
 けれど、思い出したように、私に言った。

「ああ、でも、引けないところは、引かないからね」

「――承知しております」

 お互いに、口元を上げる。
 そんなやり取りが――今の私には、うれしかった。
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