大嫌い同士の大恋愛     ー結婚狂騒曲ー
「羽津紀ー、お昼行こうー!」

 ちょうどキリの良いところでパソコンをスリープにし、立ち上がると、聖がドアから顔を出す。
 その美貌に、すれ違う男性社員が見惚れていくのは、もはや、お約束。

「今、行くわ」

 私は、あっさりとうなづいて返すと、手元のバッグからお弁当を取り出した。

 ――その数、二つ。


「――ハイ」

「――お、おう、サンキュ」

 入り口で待っている聖のところに向かう途中、私は、持っていたお弁当の大きな方を、自分の席にいた江陽に手渡した。
 それは、付き合って半年ほど経った頃から、週に二、三回、ヤツに作っているものだ。
 ――というのも、私が、二年ほど前に遭ったゴタゴタのせいで、三食マトモに食べる事のなかった聖が自炊するようになったのだ。
 危なっかしい聖に教えるべく、見本がてら、私も一緒に同じものを作ってみせているのだが――。
 何せ、二人同時に作るのだから余る。
 最初は冷凍などしていたけれど、それも徐々に増え始め。
 女二人では、さすがに無理になってはきたが、いつ、失敗するかわからないので、やはり多少の保険はかけたい。
 それを、何かの拍子にヤツに言ったら、

 ――じゃあ、羽津紀が作った分は、オレが食う!

 と、すごい勢いで言われ、思わずうなづいてしまい――翌日のお弁当に回される事になった。
 毎回、表情を明るくしながら、渡したお弁当バッグをのぞき込む江陽を見ると、少しだけくすぐったくなってしまう。
 何だかんだ、いつも完食してくれるし、感想もちゃんと言ってくれるのだ。
 それは、仕事柄というのもあるのかもしれないが、私としては、結構うれしいものだ。
 それから、少しはマシになった聖の腕だが、経験も大事、と、未だに同じように作っている。

「ねえ、羽津紀。江陽クン、置いてきちゃって良いの?」

 すると、エレベーターを待っている聖がのぞき込んでくる。
 私は、彼女を見やり、うなづいた。
「ああ、今日は、班長と会議がてら食べるって言ってたから」
「ふぅうううん?」
 そう答えれば、ニヤニヤと含み笑いをされた。
「何よ」
「ううん?――婚約者ともなると、スケ管完璧?だなーって?」
「ひ、ひ、聖っ……!」
 未だに慣れない”婚約者”というワード。
 思わず挙動不審になってしまい、キョロキョロしていると、頭を後ろから軽く叩かれた。

「……何よ、江陽」

 ムスリ、と、振り返り見上げると、苦笑いで返される。

「何、は、お前だろ。何、キョロキョロしてんだよ」
「べ、別に……」
「照れてるだけだよー、羽津紀は」
「え?」
「ちょっ……聖!」
 慌てる私は、彼女の口を塞ごうと手を伸ばすが、江陽に掴まれる。
「何がだ、聖?」
「羽津紀、まだ、婚約者って呼ばれるのに慣れてないんだよー?プロポーズして、もう、三か月以上経つんだよね?」
「は?」
 目を丸くする江陽に、私は、無性に恥ずかしくなり、聖をにらむ。
 すると、ちょうどエレベーターが到着するが、乗り込む直前腕を引かれ、目の前でドアが閉められた。
 ――その寸前、ニヤニヤと笑う聖が視界に入り、本気でイラついてしまったが。
「……ちょっと、何よ」
 私は、江陽を見上げようとすると、至近距離に、ヤツの無駄に端正な顔が近づいてきて、硬直する。

「こ……」

「――今日、泊まり決定な」

「は⁉」

 耳元で囁かれ、反射で身体を跳ね上げながらも、眉を寄せてヤツをにらみ上げた。
「平日じゃない」
「お前な、昨日もそうだったけど――まだ、自覚が無いんだろ、オレの婚約者っていう肩書」
「――……っ……!」
 図星を差され、顔から身体から、恥ずかしさで熱くなる。

 ――だって、仕方ないじゃない!

 アンタと二年も付き合ってるなんて、未だに信じられないんだし――ましてや、結婚よ⁉


 ――こうちゃんなんて、大嫌い!


 そう言っていた子供の頃からは、想像がつくはずもなく――。


 ――私の頭の中と気持ちが、バグを起こしているのだ――。
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