大嫌い同士の大恋愛     ー結婚狂騒曲ー
 席に戻り、再び企画書を手に取る。
 すると、ふ、と、視界に影ができ、顔を上げた。

「――片桐さん」

「――あまり、面白い話ではなかったみたいだね?」

「え?」

 目を丸くして返すと、彼は、口元を上げた。

「険しい表情。――上の人間がする顔じゃないよ?」
「す、すみません」
 私は、慌てて顔を伏せた。

 ――何て、恥ずかしい。
 
 けれど、顔に出るほどに、悔しかったのも事実なのだ。
 片桐さんは、そんな私に、四班、と書かれたファイルを手渡し、穏やかに続けた。
「込み入った事情なら、聞こうか?」
「――いえ、私情がらみではありませんので」
 私と江陽の事情を知っている彼は、あくまで、距離を取りながらも、理解者の立場でいてくれる。
 ――そうなるまでに、彼の中で、どんな葛藤があったのかは、想像がつかない。

 ――やっぱり、まだまだ、成長できてないな……。

 ファイルを受け取りながら、そんな事を思っていると、

「まあ、抱えきれなくなる前に、誰でも良いから話すんだよ?キミの意地っ張りは、性分なんだからさ」

 そう、諭すように言われ、自分の中のモヤモヤしたものを見透かされたようで、更に恥ずかしくなる。
 けれど、以前とは違い、そんな感情も、素直に受け止められるようになってきた。

 ――自分のマイナス面を飲み込めるようになったのは、成長と言うべきなのだろう。

 それは――他でもない、片桐さんの存在と、彼と過ごした時間が大きな理由だ。

「じゃあ、それ、よろしくね。――名木沢さん?」
「――ハイ」
 彼は、穏やかにそう言って、自分の席に戻っていった。
 ファイルの中身は、四班――新規企画班の、今月分の案をまとめたものだ。
 私は、それを、目の前のケースに入れる。
 一班から三班までが、これまでの商品の企画に携わっているが、四班は、まったくの新規案件なのだ。
 なので、こちらとしても、慎重に判断をせざるを得ない。
 ――自然、時間もかかってしまう。
 ひとまず、課長に渡る前に、完璧に近いまでに仕上げるのが仕事なのだが、こればかりは、いつになっても気が重い。
 ここでの私の判断で、皆さんの、これまでの時間を無駄にするかどうかが決まるのだから。
 けれど、今は、サングループに提案できるものを作り上げないと。
 江陽には悪いが――この扱いは、私は我慢できない。

 ――……週末までに、昇華できるかしら……。

 不満たらたらで江陽と一緒にいると、おそらく――いや、確実に八つ当たりしてしまう。
 今まではそれでも構わないと思っていたが……恋愛の力とは不思議なものだ。
 あれだけ大嫌いだった江陽に、嫌われたくないと思ってしまう。

 ――……まあ、小さなケンカは、片桐さんの言うように、いくらでもしてるんだけれど。

 それも、お互い想い合っているという自負が、どこかにあるからかもしれない――。
< 8 / 25 >

この作品をシェア

pagetop