公爵の想い人は、時空を越えてやってきた隣国のパティシエールでした
~ プロローグ ~
「・・お願いだ・・恵麻(えま)・・・・俺を置いて逝かないでくれ・・・・ああ、逝ってはダメだ・・・・」


救命センターの処置室に響く悲痛な声。
ベッドサイドで私に呼びかける男性は、反応の無い私の身体に縋っている。

でも、私はもう何も応えることができない。

どんどん、意識が薄れていく。
うっすらと霞む視線で彼の姿を捉えると、涙が溢れているようにも見える。

詩音(しおん)・・。
詩音、ごめんね・・。

明日の30歳のお誕生日には、詩音の好きな食べ物をたくさん用意したサプライズパーティーをするつもりで準備していたのに・・。

まさか、材料の買い出しの帰りに交通事故に遭うなんて。

横断歩道に飛び出した子供を、身を挺して助けたまでは良かったけれど、突っ込んできた車までは避けられなかった。

救急車で搬送されて救命医と看護師による必死の処置を受けたものの、出血箇所とそこからの出血量により、もう延命は難しいと判断されたらしい。

そんな結末が、ぼんやりと聞こえた。

短い人生でこの世を去ってしまうのは残念だけれど、夢だった仕事に就くことができて、詩音に出逢って愛された日々はすごく幸せだった。

詩音・・。
本当にごめんね。

用意したプレゼントも、渡せずじまいで良かったのかもしれない。
それを見て、私を思い出してしまうだろうから。


「恵麻っ! 恵麻!! 必ずまた逢いに行くから」


詩音・・・・そんなこと言わずに、素敵な女性と幸せになって。
詩音なら、きっと幸せになれるよ。

いままでありがとう、詩音。


ピ ─────・・。


処置室に無情な機械音が流れた
救命医によって、その最後が確認される。

『20時35分、残念です』

「恵麻っ・・恵麻・・ぅぅ・・っ・・恵麻・・」


さようなら、詩音。




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