公爵の想い人は、時空を越えてやってきた隣国のパティシエールでした
美味しければ、表情が緩むはず・・。
伯母様は? 執事は? 侍女は?

「わぁ、美味しい!」
「お店のお菓子みたい!」
「バターの風味がいいな!」
「もうひとつ欲しい!」

「エマ、随分と腕をあげたのね。とても美味しいし、お茶に合うわ。また作ってもらえると嬉しいけれど、お願いできるかしら?」

次々に出るみんなからの高評価に、涙で視界が揺れる。

嬉しかった。

けれど、これは誰の涙だろう・・。
エマの涙? それとも、私の涙?

その時、横からスッとハンカチが差し出された。

「えっ?」

見上げると、騎士服に身を包んだ背の高い男性が立っている。


誰・・?


澄み切った夜空のようなミッドナイトブルーの瞳。
吸い込まれそうなほど、視線の印象が強い。

でも・・この騎士服はこの国のものではない。
なぜ、他国の騎士がここにいるの?

困惑してハンカチを受け取らずにいると、騎士の男性は伯母様にハンカチを手渡した。

「レナード公爵、いらしてたのね。国境付近の様子に、何か変わりはありましたか?」

「いえ、何も問題ありませんでした。引き続き警備は緩めないようにしますが・・。スカラ
夫人、こちらのレディを苦しめる出来事でもありましたか?」

伯母様は、レナード公爵と呼んだ男性から受け取ったハンカチで、私の目元をそっと抑えてくれた。

「いいえ。ただ、このところ少し辛いことが続いていたの」

伯母様の答えで何かを察したのか、レナード公爵は困ったような表情をした。
余計なことを聞いてしまったと思ったのだろう。

「ところで、レナード公爵は焼き菓子など召し上がるかしら?」

表情を曇らせたレナード公爵と私を気遣って、伯母様が話の方向を変えてくれた。

「いただきますよ。シンプルなものを好みますが」

「それならば、こちらをひとついかが? お付きの方も、もし良ければ」

「ええっ、そんな、公爵様にお出しするようなものではっ!」

涙が乾いた私は、慌ててトレイをテーブルから持ち上げて、彼らの手が届かないよう自分に引き寄せた。




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