公爵の想い人は、時空を越えてやってきた隣国のパティシエールでした
「エマ? ぼんやりしてどうしたの?」

「エマ嬢、無理に応えようとしてくれなくていいんです。今ここで断ってもらったって構わない」

思い出に浸って、少し悲しげな顔をしていた私をふたりが気遣ってくれる。

「あ・・・・過去のことを思い出していたんです。でも大丈夫です。私も久しぶりにガレットが食べたいので」

そう言った私に、レナード公爵が嬉しそうに微笑んだ。

私がお菓子を作ることで、喜んでくれる人たちがいる。
それは、亡くなる前も今も、相手が平民だろうと貴族だろうと関係なかった。

だから、あえて尋ねた。

「公爵様、ガレットも少し多めに作るので、伯母様や侍従たち、公爵様とご一緒の方も含めての試食会にしても良いですか?」

「・・私は構わないけれど、エマ嬢の負担が大きくなってしまうのでは?」

私は首を横に振る。
みんなに食べてもらいたい・・そう、思えたから。

「あの・・閣下、そろそろ戻りませんと・・」

「ああ、そうだな。スカラ夫人、長居して申し訳ありませんでした。また伺います。
エマ嬢、本当に無理はしないでください。難しければ手紙を・・・・その時は、私が我が国のお菓子を持参しますから」

配下の騎士に促され、『では、また』とレナード公爵が去っていく。
庭から門に向かい、邸を出ていく後ろ姿を見送った。

その背格好は、どことなく詩音に似ている。

背が高くて肩まわりもしっかりしていて、少し日焼けした感じが精悍さを感じさせる。
真っ直ぐな眉にキリリとした目元、スッと通った鼻に薄めの唇。

瞳と髪の色は透明感のあるミッドナイトブルーで、声は詩音より少し低めだろうか・・。


「エマ様、そろそろ邸の中に入ってお休みください。お疲れかと思いますよ」

ルイスに声をかけられ、心ここに在らずな自分に気づく。

「そうね。伯母様、お部屋に入りましょう」

邸の中に入り、私は部屋に入った。
ルイスや侍女にも下がってもらい、ようやくひとりだ。

「はぁ ───」

息を吐き、ソファにもたれる。
程よいスプリングと午後の日差しに、ゆっくりと睡魔に包まれた。

眠りに落ちる直前に脳裏に浮かんだ後ろ姿は、詩音だったのか、レナード公爵だったのか・・。




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