公爵の想い人は、時空を越えてやってきた隣国のパティシエールでした
俺が厨房に立つようになったきっかけは、父の母である祖母の存在だった。

祖母は平民ながら、その頃公爵だった祖父に見初められて結婚した。
祖父は地方を視察することも多く、共に回っていた祖母が自ら厨房に立ち、様々な料理を作っていたのだという。

祖父も好んでいたという祖母の料理はどれも美味しく、俺は祖父の武勇伝を聞くために遊びに行くのがいつも楽しみだった。

その中でも、最も好きだったのが祖母が『ガレット』と呼ぶお菓子。
パイ生地がサクサクとしていて、中のアーモンドクリームも甘すぎず、年始には皆で食べていた。

祖母が作る他の料理は全く口にしない母でさえ、ガレットだけは毎回従者に運ばせていたほどだ。

『料理は人々を結び、幸せにするのよ』

それが、祖母の口癖だった。


1週間後。
エマ嬢から手紙が届いたと、副団長のカイルが執務室に持ってきた。

やはりガレットは難しかったか・・。
難しければ手紙を送るようにと伝えたのは俺だから、落胆する気持ちも無かった。

「え・・?」

そこには、何度か試作を重ねてそれらしくなってきた、作りながら甘さを調整している・・といったことが書かれていた。

そして最後に、みんなで食べるのが楽しみ・・と。

ふっ、と表情が緩む。
ただこれだけ、近況を伝えるためにわざわざ手紙を書いてきたのか。

「カイル、我が国の美味い紅茶といえば何だろうか」

「そうですね・・・・午後、騎士団に出入りしている商会が納品にくると聞いていますから、それとなく聞いてみましょう。
それより、エマ嬢の手紙には何が書かれていましたか? やはり無理だったと?」

俺は、無言でエマ嬢の手紙をカイルに渡す。
見せても、問題の無い内容だったからだ。

「えっ・・これだけ? 何ですか、この近況報告は」

「そう。色気も下心も隠れていない、本当にただの手紙だな」

「エマ様は・・、すこーし変わったご令嬢ですね。閣下の魅力に惑わされない女性なんて、初めてです」

カイルは苦笑した。




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