公爵の想い人は、時空を越えてやってきた隣国のパティシエールでした
俺は、咄嗟にエマ嬢を抱き上げて商店の外に出る。

「閣下! 医者を連れてきました!!」

救援物資と共に、カイルが馬車で医者を連れてきた。

「えっ、エマ様? なぜ・・」

俺が馬車に運び込んだ女性を見て、カイルが目を見開く。

「理由は分からないが、商店で子どもを助けて逃げ遅れたようなんだ。・・容体は、どうだろうか?」

医者に尋ねると、呼吸音や外傷を確認しつつ状態を口にする。

「煙を吸い込んだせいで、肺の機能が落ちています。火傷が原因の発熱も少し・・。でも、どちらも深刻な状況ではないので、数日休養すれば問題無いでしょう」

「良かった・・。このまま邸で手当てしよう。カイル、あとは頼んでも構わないか?」

「もちろんです。スカラ夫人には護衛騎士から伝えてもらいましょう・・公爵家でお預かりすると」

馬車を降りたカイルは、すぐ騎士たちに指示を出し避難場所に物資を運び込む。
ルイスというエマ嬢の護衛騎士にも、状況が伝わったようだ。

俺はその様子を見つつ、邸に向かってゆっくりと馬車を出すように言った。

馬車には寝台が無いから、横になった状態で運ぶことはできない。
せめてもと、俺はエマ嬢を横抱きにして座り、上半身を支えるように緩く抱えた。

「エマ嬢・・」

呼びかけても、まだ眠ったまま。
弱い呼吸音だけが、定期的に聞こえる。

よく見ると、黒煙のせいか額や頬が少し汚れていたけれど、助けた子どもは汚れひとつ無かった気がした。

「あなたが守ってくれたのだな・・」

何のゆかりも無い、他国の子どもにまで心を寄せてくれる。
そんな女性にめぐり逢えるなんて。

きゅっ。
エマ嬢を抱える腕に、ほんの少しだけ力を込めた。

多くの貴族女性が好む、自らを強調するメイクや香水も無く、権力や財産を表すようなドレスも着ていない。
スカラ夫人の邸で出会った時はエプロン姿だったろうか。

その時も菓子の話をしたくらいで、その後、菓子が作れそうだと手紙をもらっただけ。

それだけ、だったのに。
こうしてそばにいると、何だか言葉にできない思いがじわりと胸の中に広がってくる。

この気持ちは、何だ・・?

答えが出ないまま、馬車は邸に到着した。




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