公爵の想い人は、時空を越えてやってきた隣国のパティシエールでした
「レナード様! いったい何があったのですか?」

エマ嬢を抱えて馬車を降りるなり、執事のリチャードが駆け寄ってくる。

「詳しい話は後だ。このまま部屋に運ぶ」

「えっ? 部屋とは・・まさかレナード様の私室ですか?」

「そうだ。それより、このご令嬢は気を失っているのだから静かにしろ」

「ご令嬢・・? 大変だ、どちらのご令嬢だ?」

慌てるリチャードをよそに、俺は真っ直ぐに私室に向かう。
一刻も早く、エマ嬢を楽にしてやりたかった。

ベッドに横たえ、ブランケットをかける。
着ているワンピースも黒煙で黒くなっていたが、ベッドが汚れることも全く気にならなかった。

「レナード様」

ドアの外から侍女の声がする。
部屋には入れず、俺がドアを開けて廊下に出た。

「どうした」

「はい。医者から薬を預かりまして、傷口を綺麗にしてから塗るようにと・・」

「そうか、それなら後で私がやろう。預かるよ」

「えっ? レナード様が自らですか?」

侍女の反応を見て、俺は思わず苦笑いした。

リチャードもそうだったが、俺が女性に、ましてや貴族令嬢に対してまともに接しているのを見るのが、初めてだからだろう。

「あの、レナード様。ご令嬢が落ち着かれたなら、少しお話を・・」

侍女の後ろから、リチャードが現れる。

「そうだな。執務室で話をしようか」

リチャードと俺は、私室の隣にある執務室に入った。

「レナード様、あの方はどちらのご令嬢でしょうか」

「我が国の貴族ではない。隣国の、ベリーフィールド伯爵令嬢だ」

「ベリーフィールド伯爵令嬢・・ですか? ということは・・」

エマ嬢について、何か情報を持っているのだろう。
政治や社交に興味が無い俺をフォローするため、リチャードは間者を適切に配置し、正確な情報収集に長けていた。

「つい最近まで、皇太子殿下の婚約者だったご令嬢ですね」

「は? 皇太子の婚約者? しかしその言い方だと、今は違うということか?」

そう尋ねた俺に、リチャードは頷いた。




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