公爵の想い人は、時空を越えてやってきた隣国のパティシエールでした
「・・レナード様なら、きっとエマ様のお気持ちが理解できると思います」

「それは・・どういうことだ?」

「聞くところによると、毒をもられて病に臥せっていると噂されただけでなく、菓子作りをして民衆と交流するような親しみやすさより、社交が活発で国の利益になるような令嬢が皇室に相応しいと、婚約を破棄されたようなのです」

「そんな・・・・」

そんな理由で破棄されるとは・・。

俺は言葉を失ったまま、エマ嬢が眠る私室に戻る。
まだ、目を覚ましていないようだった。

起こさないようベッドサイドにそっと腰掛け、手の甲をゆっくりとさすった。
早く目覚めてほしいような、このまましばらく、手の届くところで眠っていてほしいような・・。

邸に連れてくるまでにも感じていた、言葉にできない気持ちが蘇ってくる。

ただこうして、そばにいてくれることが。
エマ嬢の存在が、なぜだか心を暖かくする。

思い出の菓子を作ってくれると言った時も。
みんなで食べるのが楽しみだという手紙も。

危険を顧みず、煙の中に子どもを助けに行く強さも。
弱々しく俺の腕の中で眠っていた、馬車での帰り道も。

思い返すだけで、こんなにも心が締め付けられるような気持ちになるとは・・。


「・・ん・・」

寝返りを打ったエマ嬢の腕に、擦り傷が見えた。
そうだ、薬を塗ってやらなければ。

侍女から受け取った、ぬるま湯に浸したタオルでそっと傷口を撫でた。
血が滲んでいたけれど、既に出血は止まっていてホッとする。

見えるところを何箇所か、同じように汚れを綺麗にしてから、痛くないことを願いつつそっと薬を塗った。

時折、目元がピクッと反応する。
薬剤が傷にしみるのだろう。

「あまり無理はしないでくれ・・。次は俺が、あなたの代わりに子どもを助けるから」


「・・・・オン、シ・・オン・・」


えっ。

「エマ嬢、いま、何と言った?」

夢にうなされていたのだろうか。
俺の問いかけには答えることなく、エマ嬢はまた眠りに落ちていった。




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