公爵の想い人は、時空を越えてやってきた隣国のパティシエールでした
私は何も言えず、ただレナード公爵を見ていた。

だって、何を言えばいいというの?
言葉の内容はもちろん分かるけれど、エマの立場でどう振る舞うのが正しいのか、答えが導き出せない。

「何か・・言ってくれないだろうか・・」

懇願するレナード公爵の表情に、黙っているのも申し訳ない気がして胸の内をつぶやく。

「私は・・・・隣国の国民ですし、見ての通り、公爵様に相応しいような存在ではありませんから・・」

「見ての通り、とは?」

「私は、貴族令嬢として失格なのです。自ら厨房に入り、材料を求めて買い物に出かけ、子どもを助けるために後先考えずに飛び込んでしまう・・」

そう・・恵麻だって、そのせいで命を落としたのだ。
大切な人を・・詩音を、悲しませてしまった。

考えていたら胸が苦しくなり、涙が押し出される。
はらはらと、音もなくただ涙が溢れた。

「ああ、泣かないで。そんなつもりで『そばにいてほしい』と言ったのではなかったんだ」

背中をさするように撫でられ、今度はその暖かさに涙が止まらない。
我慢していた心が溶かされていく・・・・。

エマがどういういきさつで皇太子と婚約したのかまでは、記憶が辿れていない。

けれど、相手は皇太子なのだ。
私には到底理解できないような、ものすごいプレッシャーにだって晒されていたのだと思う。

そう、恋とか愛とか、エマの感情がそういったものに包まれているのを感じることがなかったから、おそらく政略結婚だったのだろう。

そして、私は・・。

私の作るお菓子で、もっとたくさんの人たちに幸せな時間をプレゼントしたかった。
もっと詩音と、楽しい時間を過ごしたかった。

『必ずまた逢いに行くから』

詩音は別れ際にそう言ってくれたけれど、そんなこと、あるはずがない。

切ない思いを抱えつつ、レナード公爵の暖かさに癒されながらひとしきり泣いた。




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