公爵の想い人は、時空を越えてやってきた隣国のパティシエールでした
「今夜、ひとりにするのがとても心配なのだ。
痛みや苦しさで辛い思いをしないだろうか、眠れずに朝まで心細い思いをするのではないか、と・・。
もし・・エマ嬢が嫌でなければ、今夜、そばにいてもいいだろうか。・・その・・・・誓って困らせるようなことはしないし、ひと晩中、私は起きているつもりだから」

ひと通り言い切ると、一瞬だけ驚いた表情を浮かべた後にエマ嬢はふんわりと微笑んだ。

「お気遣い、ありがとうございます。でも、そのようなことをして、公爵様はお立場が悪くなったりしないのですか?」

「えっ」

「もしそのことが外に漏れて、意に沿わない噂にでもなったら、きっと悲しむ方もいらっしゃるでしょう。ご威光にも響きます。
そんなことがあってはなりません」

「・・・・」

言葉が出なかった。
俺を思いやって、断っていることに。

だとすれば、これ以上言っても逆に無理強いすることになってしまう。
それは、俺も本意ではない。

心配だけれど、そばで見守るのは諦めるとしよう。

「分かった。でも、エマ嬢が心配だという気持ちは変わらない。近くで・・隣の部屋で眠るから、何かあったら必ずベルを鳴らして知らせてほしい」

「はい」

「約束してくれ。すぐに駆けつける」

「・・・・なぜ・・・・」

そこでエマ嬢の言葉が切れる。
続きが気になったけれど、あえて聞かなかった。

『おやすみ』を告げて部屋を出た後、俺は執務室のソファにいた。
心配するようなことが起きなかったのか、エマ嬢が遠慮したのか、一度もベルの音を聞くことが無いまま朝を迎えた。

呼んでほしかった。
頼ってほしかった。

そんな思いが気持ちを埋め尽くし、深いため息が出る。

少し、頭を冷やさなければ。
このままでは、なぜベルを鳴らしてくれなかったのかと、エマ嬢を責めてしまいそうだったから。




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