公爵の想い人は、時空を越えてやってきた隣国のパティシエールでした
俺はエマ嬢をリチャードに託し、朝食もとらずに騎士団の詰所に出勤した。

正直、どう接していいか分からなくて。
こんなふうに戸惑っている自分を、見せたくなくて。

リチャードには、もしエマ嬢がどうしても帰りたいと言うなら、引きとめずに馬車を手配するように指示もした。

「本当に良いのですか?」

「良いも悪いも無いさ。ここに留めておく正当な理由も無い」

「それは・・そうですが」

「エマ嬢の希望通りに・・・・頼んだぞ」


詰所の執務室にある時計を見上げると、まもなく11時になろうかというところだ。

まだ邸にいるだろうか。
それとも、もう帰りの馬車の中だろうか。

執務机から立ち上がって窓の外に目を向けると、詰所の前に我が家門の馬車が停まっている。

なぜだ・・?

「閣下、少しよろしいでしょうか」

背後にあるドアの向こうから、カイルの声が聞こえる。

「ああ、構わない」

カチャ。
コツコツコツ・・。

ドアが開き、聞こえてくる足音はカイルのものではなく随分と控えめだ。
不思議に思い、振り返って部屋の中に視線を移す。

「・・っ!」

「あのっ、突然・・申し訳ありません。公爵様にお渡しくださいとお願いしたのですが・・・・今なら、お目にかかれるからと・・」

何か包みを抱えて、エマ嬢がそこに立っていた。

「エマ嬢、それは?」

「軽食を・・作りました。朝、何も召し上がらずに出かけられたと聞いて、お世話になったお礼になればと思いまして」

「作った・・? 無理をしたのではないか?」

「まだ少し傷は痛みますが、ゆっくり動く分には問題ありません。それより、リチャードさんから公爵様のことを聞いて、きっとお腹が空いていると思ったものですから・・」

そう言って包みに視線を落としたエマ嬢を、思わず腕の中に入れた。

こんなふうに心を寄せてくれる女性には、きっともう出逢えない。
だから・・。




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