公爵の想い人は、時空を越えてやってきた隣国のパティシエールでした
諦めたような笑みを浮かべるエマ嬢に、それ以上踏み込むことができずにいた。

グーーーッ。

「あ・・」

空腹に耐えきれなくなったのか、深刻さを打ち消そうとしたのか、なぜかこのタイミングで俺の『腹の虫』が鳴る。

「公爵様、私のことはともかく、お食事をとってください。午後もお仕事があるのですから」

「・・そうする」

「またお作りします。ガレット・デ・ロワも楽しみにされているのでしょう? 美味しく食べてくださる方には、何度でもお作りしますから」

「・・そういう意味の『また』ではないのだが・・」

俺は苦笑した。
考えてみれば、エマ嬢とはまだ出逢ったばかりだ。

ましてや、心に決めた相手と死別したのなら急ぎすぎてもいけない。
気持ちを抑えることはできないまでも、ペースダウンするか・・。

「公爵様は・・心に決めたお相手は、いらっしゃらないのですか?」

「っ、ゴホッゴホッ」

「大丈夫ですか? お水を・・」

グラスを持ったエマ嬢の華奢な指が、俺の手に触れる。
それだけで、心がざわつく。

心に決めた相手・・か。

「そうだな・・・・エマ嬢に出逢うまでは、いなかった。今は、あなたが私の心の中にいる」

「えっ・・」

心に決めた相手とは死別したと言った。
隣国の皇太子とは婚約破棄になった。

つまり、事実だけを見れば、今は相手がいないということ。
一方的な想いかもしれないけれど、伝えるくらいは許してほしい。

「言葉の通りだ。今は、あなたが私の心の中にいる」

「・・・・近くにいてほしい、というのは、これ以上危険なことをしてもらっては困る・・と。守りたいと仰っていたのは、王族に近い存在として隣国の令嬢を危険に晒してはいけない・・と。一晩中そばにいたいというのは・・私に何かあっては、公爵様のお立場が・・・・」

つぶやくように言葉を紡ぐエマ嬢の瞳が揺れている。
その瞳に、心の揺れが表れているのだと思った。




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