公爵の想い人は、時空を越えてやってきた隣国のパティシエールでした
着替えを何着か手にして、『おやすみ』とエマ嬢に伝え部屋を出た。

実際、私室と執務室は隠し扉でつながっているのだが、エマ嬢に気づかれないように廊下に面したドアを使う。


『うっ・・うぅ・・』


着替えを終えてリチャードを呼ぼうとしたところで、私室から嗚咽が聞こえた気がした。

エマ嬢が・・泣いている?
でも、どうして・・。


コンコンコン。

「レナード様、夜食をお持ちしました」

「あ、ああ、ありがとう。いただくよ」

ドアを開けて受け取り、リチャードに明日の予定をいくつか確認する。

「ところで、エマ嬢は今朝どうしていた? 食事はひとりで?」

「いえ、従者たちと食堂で召し上がりました。本当に料理がお好きなようで、料理長ともデザートの話題で盛り上がっておられましたよ」

「・・そうか。作ってもらった軽食も美味かった」

「それはなによりでした。明日が楽しみですね・・では、おやすみなさいませ」


リチャードが立ち去った後、私室はもう静かになっていた。
まるで、何もなかったように。

嗚咽は、気のせい・・だったか。

深追いせずにゆっくりと夜食をとりながら、明日、エマ嬢と何を作ろうかと思いを巡らせる。

しかし、エマ嬢は従者たちと調理するのを楽しみにしていたのだとすると、それを奪うような形になってしまうが構わないだろうか・・。

とはいえ、明後日にはこの邸を離れてしまうのだ。
申し訳ないが、今回は主である俺が機会をもらうと決めた。

朝食を共にし、散策しながら買い物をして、一緒に厨房に立つ。
味見をして、仕上がりを楽しみに作りたい。

そんな光景を思い浮かべるだけで、なんとも言えない嬉しさが込み上げた。




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