公爵の想い人は、時空を越えてやってきた隣国のパティシエールでした
レナード公爵と向かい合わせで馬車に乗り、街へ向かう。

今日は、何を作ろうか。
何を作るかによって買い物の内容が変わってくるから、もしリクエストがあれば・・。

「あの、公爵様」

「・・エマ嬢、ひとつ頼みがあるんだ」

「はい・・何でしょうか?」

「名前を・・呼んでくれないか?」

名前・・?
そうか、私だけが爵位のみでお呼びしていた。

爵位で呼ぶのも間違ってはいないけれど、伯母様も従者たちもお名前を呼んでいたわね。

「レナード様・・で、良いでしょうか」

「あー・・、うん。まぁ、そうだね・・」

歯切れの悪い反応に、なぜかと考える。
そういえば『レナード』は、名前じゃないんだ。

私でいうところの『ベリーフィールド』、つまり姓であって、『エマ』のような名前は別にあるのか・・。

けれど、貴族において名前そのものを呼べるのは、家族や姻戚、自分より位の高い者だけのはず。

「いつか・・呼んでもらえる日がくると嬉しい」

そう言って、レナード公爵は私の手を軽く握る。
払うこともせずにそのままでいると、空いている手で私の髪の毛に触れた。

「もう、痛むところは無いか? 身体は自由に動くだろうか」

慈しむような触れ方と視線に、胸が締め付けられる。
こんな時は、本当に何と言えばいいのだろう。

「はい・・みなさんには本当に良くしていただいて、明日帰るのが寂しいほどです・・。きっと、何度も何度も思い出してしまいそう。
お礼も兼ねて、今日は心を込めてお菓子を作ります」

「何を作る? 私が手伝えることはあるだろうか?」

「そうですね・・チョコレートを使うお菓子にしようかと。もちろん、お手伝いくださると嬉しいです」

チョコレートを使うお菓子には、『あなたと同じ気持ち』という意味合いがある。

意識し始めた気持ちが『同じ』かどうか分からないけれど、言葉にできない想いをお菓子で表現できたらと思った。




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