公爵の想い人は、時空を越えてやってきた隣国のパティシエールでした
「レナード様、ブラウニーというお菓子を作ります。チョコレートを刻んで小さなボウルに入れ、それを大きなボウルのお湯につけながら溶かしていただけますか?」

湯煎、といっても難しいだろうから、分かりやすく身振り手振りも加えて伝える。

「分かった。でも上手くできるだろうか・・」

「大丈夫です。美味しく作りましょう」

レナード公爵は、黒のシンプルなエプロンがとてもよく似合っている。
あちこちに食材のシミがある私のエプロンとは大違いのオシャレさだ。

「エマ嬢は、本当に調理が好きなのだな。そのエプロンを付けて作った菓子で、どれだけの人たちを幸せにしてきたか見えるようだよ」

「・・そう言ってくださると、もっと作りたくなります・・でも、シミだらけでお恥ずかしいです」

「それなら、私が新しいものを贈ろう。調理の度に、私を思い出してもらえるように」

思わず手が止まる。
そんなに甘いセリフを、さらりと言わないでほしい。

視線を感じて振り返ると、料理長とリチャードさんが微笑ましいと言わんばかりにこちらを見ている。

そうよね。
これまでレナード公爵には心に決めた令嬢がいなかったそうだから、こんな光景を見ることもなかったはず。

従者の代表であるふたりは、きっと待ち望んでいたのだろう。
主の幸せそうな姿を。

でも・・。
どうして、私なのかな・・。

ふと浮かんだ疑問が、口をついて出た。

「レナード様」

「ん?」

「なぜ、私に・・良くしてくださるのですか?」

ふいに投げかけた問いに、レナード公爵は湯せんしながら答えてくれた。

「初めて会った時から、周りを思いやるあなたの気持ちに惹かれていた。それだけの理由では足りないか?」




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